日本に帰って二ヶ月が経ち、もうすっかり日常に馴染んでいた。向こうでの一年が、こうしてみると夢だったようにさえ思えてくる。こちらの職場はすぐに私を当たり前のように受け入れてくれ、館にいる妖精たちの顔ぶれも変わらず、今まで通りの日常が戻っていた。
表面上は、普通に過ごせていると思う。親には元気がないとばれてしまっているけれど、たいていの人は、海外から帰ってきて疲れているのだろうと思ってくれていた。見慣れた場所に帰ってこれて、安心したところは大いにある。けれど、心に残った痛みはまるで消える気配はなく、あの日々が現実なのだと実感する。私はあの人に恋をして、そして失った。もう二度と戻ることはない。それが悲しくて、前を向けずにずっと閉じこもっている。
「帰ってきてから、ずっと元気がないねえ」
とうとう、おばあちゃんにもそう言われてしまった。
「そんなに向こうは楽しかったの?」
「うん……楽しかったよ」
ぽつぽつと、おばあちゃんに向こうでのことを話し始めた。まだ振り返るには痛々しいけれど、止まらなかった。
「无限大人は、本当に素敵な人なのねえ」
私の話をじっと聞いていたおばあちゃんは、しみじみとそう言った。
「おまえが大好きになるのもよくわかるよ」
「それは……」
誤魔化そうにも、おばあちゃんにはお見通しのようだった。恋心は隠して話していたつもりだったけど、そもそも隠せるはずがなかった。だってこんなにも大きく膨らんでしまっている。
「でも、叶うはずなかったの。私は、無謀なことを願っちゃったの」
「そうかい?」
お茶を飲んで、おばあちゃんは微笑みを浮かべる。優しくて、大好きなおばあちゃん。おばあちゃんの横にいると、十歳の子供に戻ってしまった気分になる。
「无限大人は、確かに仙人のようなお人だけれど、ちゃんと、おまえの隣にいてくれていたじゃないか」
「……っ」
途端に涙が溢れてくる。无限大人の笑みが、瞼の裏に浮かんで消えなくなってしまった。
「でも、おまえがこちらに帰るのを、引き留めたくはなかったんだね。優しいお人だねえ」
「……うん……っ」
子供のように泣く私の頭を、おばあちゃんの小さな手が優しく撫でてくれる。ますます涙が湧いてしまって、止まらなかった。
「私、戻りたい。向こうに」
「思うようになさい。もう心は決まっているのでしょう」
「うん……っ」
このままこちらにいても、気持ちは変わらない。それがよくわかった。无限大人が振り返ってくれないとしても、ずっと忘れられないだろう。でも、まだちゃんと思いを伝えたわけじゃない。それが心残りとなって、余計に辛くなっている気がする。せめて、伝えたい。无限大人と見たあの大陸は美しくて、雄大だった。あの土地でもっと過ごしたいという思いが確かにある。无限大人への思いが叶わなくても、私はあの大地にいたい。その気持ちを確認した。
両親に相談したら、快く頷いてくれた。こちらは気にせず、行きたいところへ行きなさいと。すぐに上司にも相談し、あちらの館へ連絡がいった。驚くほどスムーズに、事態は進行した。まるで、帰っておいでと言ってもらえているようで、胸が熱くなる。
あちらに戻ったら、无限大人にちゃんと思いを告げよう。
結果はどうあれ、これからはあちらで頑張って行こう。
決意をしたら、傷みにばかり呻いていた身体が動くようになった。軽くなった足取りで、私は再びあの地へ向かった。