78.お返し

 コーヒーとケーキが届いて、さっそく食べる。私はいちごのショートケーキ、无限大人はフルーツタルトだ。
「あ、このお店のケーキすごく美味しい」
 一口食べて、はっとする。ほどよいクリームの甘さといちごの酸味が絶妙だ。コーヒーも香りが立っていて後味がいい。
「そうだ。親に无限大人のこと話したら、びっくりしていました」
 両親は日本の館で働いている。こちらの館とも親交があるから、当然无限大人の名前も知っていた。
「そんなすごい人と知り合いになったの、って。私も、改めてすごい人と出会えたなって思っちゃいました」
「そんなにすごくはないと思うが」
 无限大人は謙遜する。なので、親がどれだけ驚いていたかをしっかり説明しておいた。
「私の親の親の親……ひょっとしたらその前から、すごい人だったんですもん」
「そうなるか」
「おじいちゃんおばあちゃんも喜んでくれていましたよ。こちらに来た甲斐があったねって」
「そうだといいが」
「ありましたよ! 私にとっては、すごく大きな出会いでした。どの出会いも大切ですけど、中でも一番、大事です」
「そうか」
 无限大人は言葉少なに聞いていたけれど、心なしか嬉しそうだった。
「うちは代々館で働いてきましたから。私も、同じようにずっと館で働くんだろうなと思ってます。こちらに来て、ますますその気持ちが強くなりました」
「君は、向こうでも欠かせない人材だろう」
「そんなことないです。そうなれるように頑張っていますけど」
「そうだろう。わかるよ」
 褒めてもらえて、素直に喜んでしまう。さっきから浮ついていて、上機嫌だ。
「帰ったら、こちらでの経験を活かして、もっと頑張れそうです」
「……そうだな」
 无限大人はコーヒーに視線を落とす。あ、帰る話なんかして、なんだか湿っぽくなっちゃったかも。
「まだまだ、こちらでも学ぶことはたくさんありますけどね! 无限大人にはいろんなことを教えてもらいました」
「たいしたことはできないが」
「そんなことないです。実際にこの目で見て、感じることって、やっぱり違いますね。この身で実感するって、とても大事なことだと再確認しました」
「そうだろう」
「ありがとうございます。小黒ともずいぶん仲良くなれたし、あ、今度はどこへ行きましょうか。もう夏ですね」
「そうだな。海へは行ったし、川はどうだ」
「川もいいですね!」
 どこの川へ行こうか調べながら話し合って、楠渓江にしようということになった。こうして出かける先を決めるのも、あと何回できるだろう。私ばかりが寂しいわけじゃないと、信じられたらいいのに。
 カフェを出て、无限大人の欲しいものを探しにまたお店巡りに戻った。服は違うし、鞄も時計も持たないし、となると靴だろうか。頭を悩ませながら一緒にお店を物色していく。そんな中目に止まったのは翡翠の腕輪だった。でも、腕輪も戦うのに邪魔だろうし……。
「それにするのか?」
「いらないですよね」
「いや、それがいい」
 意外と无限大人はそう言ってくれて、半信半疑ながらも彼がそう言うなら、と購入し、その場で手渡した。无限大人はすぐに腕につけてくれた。
「任務中は外すが、それ以外ではつけておくよ」
「本当ですか?」
 私の選んだものが実際に彼の腕にはめられているのを見て、嬉しくなってしまった。それに、思った通りこの翡翠の深い色合いは彼によく似合う。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 私がもらった喜びにはぜんぜん足りないけれど、少しでも返せてよかったと思う。
 その日は明るいうちに帰ったけれど、また无限大人は家まで送ってくれた。離れるのはいつも名残惜しい。もっとずっといられたらいいのにと願ってしまう。けれどそうはいかないから、无限大人の背を見送る。でも今日は違う。髪留めがこの手に残っているから。