无限大人はそれから数日間戻ってこなかったので、その間毎晩小黒はうちに来た。朝ご飯を一緒に食べて、一緒に館に行って、私は職場、小黒は館の人たちのところへ別れ、帰りに小黒を迎えに行って、一緒にアパートに戻る。毎晩何を作ろうかわくわくして、小黒にも手伝ってもらって、二人で小さなテーブルを囲む食卓は笑顔に溢れていた。夜は小黒にベッドを貸して、私は布団を敷いて眠った。
小黒のためにとは思ったけれど、この状況を楽しんでいるのは私もだった。兄弟がいるから下の子の世話をするのは慣れているのもあるし、昔を思い出して懐かしい気持ちにもなった。
「そういえば、小黒って猫の妖精なんだよね?」
「そうだよ」
白いふわふわの髪の間から生えた黒い耳がぴくぴくと動く。
「猫の姿、見たことないなって思って」
「いいよ。見せてあげる!」
小黒はすぐに答えて、ぱっと姿を変えて黒い毛皮の子猫になった。
「わあ、かわいい!」
思わず本物の猫にするように人差し指を鼻先に近づける。小黒は小首を傾げ、ぴょんと飛び上がると私の周りをぐるぐると回った。
「撫でてもいい?」
「いいけど」
小黒は私の前で立ち止まり、ちょこんと座る。手のひらで頭頂部を撫でると、目を細めて頭を擦りつけてきた。かわいい。
「抱っこしてもいい?」
「うー、ちょっとだけなら……いいけど」
ちょっといやそうだったけれど、許可をもらえたので脇に手を入れ、持ち上げる。柔らかい身体が私の腕に収まった。かわいい。
「もういい?」
小黒を解放すると、すぐに元の姿に戻ってしまった。
「どっちの姿の方がいいの?」
「最近はずっとこっちだからなあ。ご飯食べやすいし」
小さな手をにぎにぎしながら小黒は答える。姿が変化するってどんな気分なんだろう。そんなことをしていたら、電話がかかってきた。无限大人だ。毎日、様子を確認するために電話をくれる。とてもまめだ。
「はい。じゃあ小黒に代わりますね」
簡単に今日のことを伝えて、小黒に端末を渡す。小黒の表情がぱっと明るくなった。
「うん。ほんと? 明日帰ってくるの!?」
声を大きくするだけでなく、立ち上がって、小黒は喜ぶ。
「よかったね。小黒」
「うん!」
電話を切ったあとも、小黒は上機嫌だった。本当に无限大人のことが大好きなんだなと心が温かくなる。
「そろそろ寝ようか」
「はーい!」
布団を敷いて、電気を消すけれど、小黒は何度も寝返りを打っている。明日が楽しみで寝付けないという感じだ。
「あのね、小香」
「なに?」
「そっちで寝てもいい?」
「いいよ」
小黒はぽんとベッドから下りると、私の布団に潜り込んできた。
「ねえ、小香は師父のことが好きなんだよね」
「えっ……うん」
突然その話をされると思わず、声が裏返りそうになる。
「小香が師父と夫婦になったら、ずっと一緒にいられるんだよね」
「そう……だね」
なんと答えようか迷って、語尾を曖昧に濁す。夫婦なんて、とんでもない。知り合いになれただけで精いっぱいなのに。
小黒は仰向けに寝て、天井を見上げる。私も同じように天井を見つめた。
「でも、无限大人が同じ気持ちじゃないと……だめだから」
無邪気な小黒の言葉に舞い上がらないように、現実的なことを口にする。そっか、と小黒は呟いた。
「だって、小香日本に帰っちゃうんでしょ」
「うん」
「師父が小香のこと好きになったら、ずっとこっちにいる?」
「えっ……」
そんなこと起きっこないよ、と言わなければいけないのに、声に出せない。もし、奇跡が起こって、そうなったとしたら……。
小黒の小さな手がきゅ、とシャツの裾を握った。
「もっと、いっぱい遊びたい」
「……うん。私も」
裾を握る手を解かせて、手と手で握る。
「小黒と、もっと一緒にいたいよ」
薄明りの中で見つめ合って、微笑み合った。