「一件は埋め立てたあと、もう一件は近くの山が削られて近くに道路ができてしまった……か」
報告結果を読み、溜息を吐く。カリ館長に探してもらった候補地は、情報が昔のものだとはいえ、なかなか期待が持てそうだと思っていた分、がっかりしてしまう。
「どうしてこんなところにまで……」
昔の資料を見てから現状を知ると、いかに人間の行動範囲が爆発的に広がったかがわかる。それだけ文明の発展というのは大きいんだ。地形を変えることができる力を持つ人間って、すごい。妖精にとっては、災厄でしかないけれど。
「ううーん」
残る候補地はひとつ。ここは人間のいる地域からも離れているし、手を入れられていない自然が残されている土地だった。これなら、しばらくは放っておかれるはずだ。ただ、景観があまり美しくない。でも水質はよさそうだし、いろんな種類の魚が住んでいることも確認できている。深緑さんがどう見るかは、聞いてみないとわからない。とにかく、見てもらおう。そう考えて、深緑さんに連絡をした。
次の日の午後に深緑さんはやってきた。長い髪をひとつの綱のように編み込んでいる。
「こんにちは、小香」
「来てくださってありがとうございます、深緑さん」
「うん。ちょっと用事があるから、長居はできないわ」
「そうなんですね。わかりました。では、手短に」
深緑さんに座ってもらい、その前に資料を並べる。
「こちらが、今回見付けた場所です。南の方で、気候は温暖。周囲も人間の村から遠く、途中、険しい山もあるので、人の立ち入りはほぼないと考えられます」
「ふうん……」
深緑さんは、聞き流すようにしながら、写真を一枚一枚捲る。
「水温は少し高めかもしれないんですけど、魚もたくさんいますし、綺麗な鳥もいたそうですよ」
「そう……」
紙の資料の上に深緑さんは写真を広げ、じっと見つめた後、静かに首を振った。
「違うわ。こんなごつごつしたところ、住みたくない……」
「そうですか……」
確かに、回りには岩肌が露出しているところが多い。その隙間に木々が生えているような景色だ。これはこれで風流と思う人もいるかもしれないけれど、深緑さんにはそうではないようだ。
「はぁ……」
深緑さんは机に肘をついて悲し気に溜息を吐く。
「帰りたいわ、私の湖に……」
「それができれば、一番ですよね……」
「あそこは私の家よ。どうして帰ってはいけないの」
「それは……」
ぽろぽろと溢れだす涙に、言葉が詰まる。
「……あそこは、これから観光地にされるそうです。美しい、ところですから……。湖までの道が整備され、たくさん、人間が訪れるようになります」
「どうして……。昔は、人間なんか全然来なかったのに。どうして突然やってきて、私を追い出すの……。私の家よ……」
「深緑さん……」
慰めの言葉が出てこなくて、泣き続ける彼女の前で、俯くことしかできない。館の力では、到底観光地計画を止めることなんてできない。だから、妖精の側に我慢してもらうしかない。それがどれほど理不尽かな話かは、理解できるなんて言えない。私は、家を追い出されたことなんてないから。でも、寄り添っていくと決めた。
「もっと素敵な家が、必ず見つかります。私は、まだ諦めてませんから」
「……あなたが頑張って探してくれてるのはわかるけど……」
暗い顔をする深緑さんに、精いっぱい微笑みかける。
「時間をくださいませんか」
深緑さんの大きな目に溜まった涙が、目尻からすうと落ちる。
「……あなた以外に、頼る人なんていないもの……」
手元の写真になんとはなしに視線を落として、深緑さんは目を閉じた。
「私が自分で探すなんてとても無理だから……。任せるわ……」
「ありがとうございます」
目を開けて、私を見る深緑さんの瞳がきらりと光る。それをまっすぐに受け止める。
「じゃあ、行くわ……」
「はい。では、また」
深緑さんは、出口で立ち止まると、横顔で教えてくれた。
「館の人が……お茶、一緒に飲みましょうって誘ってくれたの……」
「そうなんですね。楽しんできてください」
知り合いができたんだ、と嬉しくなってそう伝えると、深緑さんはふいと顔を背けて帰ってしまった。少しでも、館に馴染めているといいけれど。