一通り館の中を見せてもらいながら、経営についてや最近の妖精たちについて話を聞き、とうとう外の広場に辿り着いた。そこではまだ妖精たちが手合わせをしていた。私たちが到着したとき、ちょうど无限大人が灰色の毛皮を持った虎のような妖精と向かい合っていた。无限大人は構えもせず、腰の後ろで手を組んだいつもの姿勢だ。虎の妖精は攻め込む隙を伺っているのか、構えた手をゆっくりと下げ、肩幅に広げた足をそろりと動かす。
「ハッ!」
とうとう、虎の妖精が動いた。ひとっ飛びで距離を詰め、鋭い爪を伸ばした拳を振り下ろす。无限大人は最小限の動きでそれを避け、虎の妖精の後ろに回り込むと、足を掛け、転ばせてしまった。
「クソッ」
虎の妖精はすぐに起き上がり、もう一度仕掛けるが、同じ展開になってしまった。初めて戦う姿を見て、心臓がばくばくと激しく鳴りだす。長い髪がさらりと揺れ、服の裾を翻し、洗練された動きで相手を翻弄する姿は戦いという乱暴さというよりも優雅なものさえ感じさせて、目が釘付けになった。
「无限大人、府先生」
二人が手合わせをやめたのを見計らって、カリ館長が声を掛ける。
府先生と呼ばれた虎の妖精は肩を大きく上下させて荒い息を吐きながら、次はこうはいかないと无限大人に言い捨ててどこかへ行ってしまった。无限大人はまるで呼吸を乱していない。あんな姿を見た後だと、余計に无限大人の顔がまっすぐ見れないのに、彼はこちらへ歩いてくる。館長に軽く会釈して、私の方へ笑いかけた。
「君もこちらへ来ていたんだな」
「はい……。あの、深緑さんの件で」
「ああ。まだ見つかっていないんだな」
「今探しているところです」
カリ館長が答えて、私と无限大人を見比べた。
「まだかかりそうでして。私も他の仕事がありますし、よろしければ彼女をお任せしたいのですが」
「ああ、構わない」
「す、すみません」
なんだか自分が厄介者になった気がして肩を竦める。そんな私に、无限大人もカリ館長も気にするなと笑ってくれる。
「今はちょうど空いている時間だったから。手合わせも終わってしまったし、ちょうどいいところだった」
「どうぞゆっくりしてきてください。夜までまだ時間はありますし」
そういって私を見るカリ館長。そんなにかかるんだろうか。深緑さんのためとはいえ、時間を取らせてしまって申し訳なくなってくる。
「なら、外へ出てもいいな」
无限大人は少し考えて、口を開いた。
「また、観光に行こうか」
「はい……ぜひ」
こうして誘われてしまえば、喜んでついていく他はない。偶然出会えて、手合わせを見られただけでも嬉しいのに、まだ一緒にいられるなんて。ずっと会えずにいて寂しかった気持ちが、一瞬で解けていく。
「では、私はこれで失礼します」
カリ館長が下がって、无限大人は館の外へ歩き始める。私はその隣を並んで歩く。久しぶりなのと、かっこいい姿を見てしまったので、私の心臓はいつもよりうるさい。
「ここからだと、五馬街を通って江心嶼に行くのがいいと思うが、どうだ?」
「江心嶼って、四大名嶼って呼ばれているところですよね。行ってみたいです」
「では、そうしよう」
まずは何か食べようか、と言う无限大人に頷いて、五馬街でレストランを探すことになった。
「小黒は、元気ですか?」
今日は小黒の姿がないので気になった。无限大人はうん、と答える。
「知り合いに預けている。いつも連れて行ってやれればいいが、任務だとそうもいかないことが多くてね」
「そうですよね……」
无限大人は戦闘を伴う任務が多いだろう。そこへ、小さな子を連れて行くわけにはいかない。小黒は、寂しい思いをしているだろうか。まだあんなに小さいのだから、離れるのは心細いだろう。
「无限大人と出会う前は、小黒は一人だったんですよね」
「森を出てからは、一人で街を彷徨っていたようだ。強い子だよ」
「小黒は、无限大人と出会えて幸せですね」
心からそう思って伝えると、无限大人はひとつ瞬きをしてから、柔らかく笑った。