4.指輪

 夕飯も食べ終わり、お風呂に入ろうかと考えているところでインターホンが鳴ったので、ぱっと立ち上がる。
 きっと彼だ。
 今日、戻ってくると言っていたけれど、何時頃こちらに来るかまでは聞いていなかった。だから、まだかな、と何度も時計を確認しては待ち焦がれていた。
 期待を抱いて、玄関を開ける。
「こんばんは」
「无限大人! おかえりなさい……!」
 そこにいたのはやはり无限大人で、嬉しくなって声を大きくしそうになり、あわててボリュームを抑えた。无限大人は申し訳なさそうに声をひそめる。
「こんな時間にすまない。少しいいだろうか」
「はい! 大丈夫です。あがってください」
 无限大人をリビングに通して、さっそくお湯を沸かそうとしたら、手を掴まれた。
「小香」
「はい」
 そのまま向かい合い、无限大人は懐から小箱を取り出した。
「誕生日、おめでとう」
「あっ……。ありがとうございます……!」
 嬉しくて胸を高鳴らせながら小箱をそっと受け取る。リボンなどかかっていない、シンプルな箱だけれど、无限大人からの贈り物だと思うととても素晴らしいものに見えた。
「開けてみて」
「はい……えっ、これ……」
 そこには、丸い小ぶりな翡翠の石がついたシルバーのリングが入っていた。白い斑が混じった青碧色の石に目が吸い込まれる。予想もしていなかった贈り物に、鼓動がさらに速くなる。
 无限大人は小箱を持つ私の手に優しく手を重ねるようにして指輪を取り出すと、私の左手を掴み、その薬指に嵌めてくれた。指輪のサイズは少し大きかったけれど、指の付け根に嵌めた途端ぴったりになった。
「えっ?」
 それが不思議で、一瞬考えていたことが真っ白になる。
「すごい、ぴったりだ。どうして?」
「ふふ。誕生日プレゼントを探しにいくつか店を回ったんだが、この石の色を一目見て、君にふさわしいと思ったんだ」
 思った通り、よく似合う、と无限大人は私の手の甲を見て目を細め、満足そうに言う。
 自分の指の上で輝く石の色に目を奪われ、胸がいっぱいになった。
「どうしよう……。すごく嬉しいです……。すごく綺麗で……。胸がいっぱいになっちゃった」
「よろこんでもらえて、よかった」
 无限大人はとてもほっとした顔をして、続いて申し訳なさそうに眉を下げる。
「当日に祝えず、本当にすまなかった」
 深く頭を下げる无限大人に驚いて、慌てて頭を上げてもらおうと腕を伸ばす。
「いいんです! そんなこと、当日は友達に祝ってもらったし、それに……」
 胸がいっぱいになって言葉が詰まる。指に嵌る指輪の感覚にばかり意識がいってしまう。胸を押さえてなんとか話そうとしていたら、涙が溢れてきてしまった。
「あ、すみません……。嬉しすぎて……っ」
 押さえようとすればするほど、ぽろぽろと溢れてきて、手で押さえようとしてもどんどんこぼれ落ちてしまう。
 泣き出した私に无限大人は驚いた顔をしたけれど、くしゃりと笑みを浮かべた。そっと私の頬に手を伸ばし、涙をその指で拭ってくれた。濡れた瞳で无限大人を見上げ、微笑む。无限大人も心からの笑みを返してくれた。
 私の肩に優しく手を添え、そっと促す。
「さあ、ソファに座って。お茶は私が淹れよう」
「ありがとうございます……」
 言われるままにソファに座り、テーブルの上に置いているティッシュを取り目元を拭う。无限大人がキッチンに行ってこちらを見ていない間になんとか泣き止もうと鼻をすする。
 そうしながらも、じっと指輪を見つめてしまう。明るい翡翠の色に白い筋が溶け込んで、複雑な斑模様になっている。見ていると安心する色。なぜだろうと考えて、先ほど見つめ合ったときの无限大人の笑みを思い出す。そうだ、无限大人の瞳の色に似ているんだ。だから、この色がこんなに心を引き付ける。まるで、无限大人に見つめてもらっているときのような、満ち足りた気持ち。
「気に入った?」
「はい。とっても」
 お茶を淹れてきてくれた无限大人からマグカップを受け取って、温かなお茶で一息つく。でも、高揚してしまった気持ちは全然収まらなかった。
「こんなに嬉しい誕生日プレゼント、人生で一番です。ありがとうございます」
 そう言いながらじっと石を見ていると、无限大人の顔が近づいてきた。
「今は私がいるのだから、こちらも見てほしい」
「あっ……もう……」
 頬に手が触れ、軽く口付けをされる。指輪に妬いているのがおかしくて、笑みが零れてしまった。
「大好きです……」
 唇が離れて、言葉が零れる。无限大人は翡翠よりも深い瞳に私を映して、微笑んだ。