39.内緒の話

 一通り周って、池の傍に行くと、フラミンゴの形をしたベンチがあった。そこがフォトスポットとなっているようで、人が集まっている。家族連れもいるけれど、カップルの方が目立つかも。
 私たちの傍にいたカップルは指を絡め合って、身体を密着させて人目も憚らずいちゃついている。ちょっと気まずい。小黒がなんだか不思議そうに二人を見ている。
「あの人たち、なにしてるの?」
「えっと……すごく仲良しなんだよ」
「ぼくと小香より?」
「うん、そう。お互いのことが大好きで……愛し合ってる……て、わかる?」
 少し照れつつ、教育の一環だと思ってそう伝えてみる。妖精同士でそういう関係になることもたまにある。子供は作れないけれど、添い遂げる二人を、何人か見て来た。でも、小黒はそういう経験はまだほとんどないのだろう。
「うーんと、夫婦?」
「そう。でも、あの二人はまだ結婚してないかな。恋人同士だと思うよ」
「ふうん」
 小黒はまだよくわからないという風に、じっと二人の様子を観察していた。特に、女性の方がうっとりと男性を見つめている。頬を染め、傍から見ていても彼のことが心から好きなんだろう、と感じられる視線だ。
 无限大人は私たちの会話を黙って聞いていた。
 池から離れてしばらく行くと、売店があった。
「飲み物を買ってこよう」
 无限大人は私たちに何が飲みたいか聞いてくれるので、甘えることにして、お願いする。小黒とは普通の形のベンチに座って待つことにした。
「あと周ってないとこあったかな」
「ねえ、小香」
「ん?」
 パンフレットを広げながら、他に行く場所があるか確認していると、小黒が質問を投げてきた。
「師父のこと、好きなの?」
「えっ」
 あやうくパンフレットを破ってしまうところだった。隣を見ると、小黒は真面目な顔をして、くりっとした目を向けてきた。以前、訊ねられたときのような無邪気さとは違うものを感じて、すぐに答えられなくて、言葉に詰まる。
 小黒は周囲にいるカップルを見て、あんなふうに、と言った。
「人間は、恋人だっけ、夫婦? だっけ、そういうのになるんでしょ。さっきの女の人と、小香が似てたから、そうかなって思ったんだ。小香は、師父とそうなりたいの?」
 まっすぐな問いかけに、逃げ道を塞がれてしまった。もう、尊敬してる、なんて誤魔化しはきかない。なにより、小黒に嘘はつきたくない。
「そうだよ。……私は、无限大人のことが好き」
 思っていたより、落ち着いて言葉にできた。小黒に正直に伝えようと思ったから、照れるより冷静さが勝ったんだろう。
「……そっか」
 小黒はそう呟くと、ぱっとベンチから下りて、池の方へ向かった。傍でしゃがんで、水面を見下ろす。落ちたら危ない、と思って私もその後を追いかける。小さな石を拾って水に投げ入れる小黒の隣にしゃがんで、続けた。
「无限大人には、内緒にしてね」
「うん。いいよ」
 そのうちに无限大人が戻ってきて、三人でベンチに座って飲み物で咽喉を潤した。小黒の様子は元に戻ったと思う。
 どうして、小黒はあんなことを聞いたんだろう。いつ気付かれたんだろうか。今日は、ちゃんと振る舞えてたと思うんだけれど……。桜の花の香りを嗅いだ時、だろうか。とても近すぎて、顔に出てたのかもしれない。もしかして、无限大人にも気付かれた? とどきっとして様子を伺うけれど、大丈夫そう。ずっと変わらない態度で接してくれる。
 告白しなくても、思いが伝わってしまうことって、あるんだろうか。そう思うと、急に不安になってくる。だって、もし知られてしまって、距離を取られてしまったらすごく悲しい。だからやっぱり、知られないようにしないといけない。まだ、私たちの縁は浅いと思う。これから深めていきたいとは願っているけれど、果たしてどうやったらこれ以上親密になれるのか、わからない。
 小黒は、私の気持ちを知って、どう思っただろうか。
 恋人。夫婦。そんなの、想像もできない。ただ好きという気持ちが膨らんでいくのに翻弄されて、抑えておくだけで精いっぱいだ。
 もし夫婦になったら、私は小黒にとって何になるだろう。何かになれるだろうか。シングルファーザーに恋した人の気持ちってこんなだろうか。小黒は、子供じゃなくて弟子だけれど……。でもやっぱりそれだけじゃなくて、とてもかけがえのない人として接しているのは伝わってくる。无限大人も、小黒のことを大事にしている。
 妖精だって、まだ子供だ。まだまだ、きっと保護者が必要な時期だ。一緒に出かけて、それを感じた。无限大人も、それをわかってる。私一人浮かれてしまって、妙に恥ずかしくなってきた。
 やっぱり、隠そう。こんな想い、知られたくない。
 小黒にだって、知られるべきじゃなかった。迂闊だった。これからはもっと気を付けて行動しないといけない。
 でも、できるだろうか。それでもまだ、彼と会えなくなることが耐えられないと感じてる。いっそ、諦められればいいのかな。
 諦められるのなら。
 それはできないと、即答する自分がいる。
 恋って、難しい。ただ好きなだけじゃ、いられなくなってしまうから。