「湖にお住まいを希望なんですね」
今日訪れた妖精は、ずっと泣き続けていた。黄色いくちばしに、深い青みがかった緑の髪。肌は鱗で覆われている。河童に似ているかもしれない。深緑と名乗った彼女は、ぽろぽろと涙を零しながら言った。
「だって、あそこは私の住処なのに、勝手にやってきてゴミを捨てる人間がいたからちょっと怒ったら、館の執行人とかいうのにだめって言われて、追い出されたのよ。ひどいでしょう。もう人間はいやなの。人間の来ない、素敵な湖に住みたいわ」
彼女はしくしくと泣きながら痛切に訴える。
「人間どころか、妖精だって私に優しくしてくれない。无限大人だって、私を追い出すだけ追い出して、見放すのよ。誰も私の話なんか聞いてくれないんだわ」
「そんなことありません」
无限大人の名前を聞いて思わず声に力が入った。きっと湖で暴れている妖精がいる、という話があって、鎮めにいったのだろう。
「確かにゴミを捨てる人間がいけないんです。でも、だからといってやり返していたら、もっと大変なことになるから……。だから館は、止めようとしたんでしょう。執行人の仕事はそこまでです。そのあとのあなたのお世話は、私の仕事ですから、お任せください」
彼女の泣きはらした目を見つめながら断言すると、彼女はぱっと水かきのある手を広げて、私の手を包み込んだ。爪の先が肌に食い込んで少し痛い。
「本当ね? あなたは私を見捨てないよね? 人間だけど、妖精のために働いているんでしょう? お願いよ。私はただ静かに暮らしたいだけなの」
「はい。もちろんです」
彼女は人の姿に変化できない。だから、館に住むか、人目のつかないところに隠れ住むか、どちらかになる。館住まいは望んでいない。彼女が求める湖を見付けてあげたい。
「どんな湖がお望みですか?」
「そうね……」
彼女はしっとりとした髪を指で梳きながら考える。
「広くて、回りが大きな木に囲まれてるのがいいわ。水温は少し冷ためで、魚がたくさんいて、朝には鳥が鳴いて、冬には雪が降って、春には桃が咲いて、近くに滝もあるといいわね。もちろん、人間が立ち入れない深い場所よ」
彼女の希望を書き残しながら、そういう場所はあるだろうか、と想像してみる。大陸は広いから、一か所くらいはありそうだけれど。でも、一番難しいのはきっと、人間が立ち入らない場所、という条件。
「見つかるまでは我慢してここにいるわ。でも、ずっとはいたくないの。誰のことも信用できないんだもの。私は一人で湖で歌って暮らせればそれでいいんだから」
彼女は遠くを見る目をしてそう呟いた。館に来る妖精たちは、それぞれ事情がある。やはり、元々住んでいたところを追われた妖精が多いから、最初は館にいることに抵抗を覚えることが多い。人間をよく思っていない妖精にとっては、人間と妖精が一緒に働いているところ、というのは受け入れがたいものなのかもしれない。
「わかりました。できる限りご希望に添えるよう、探してみますね」
「なるべく早くお願いよ。こんなところ早く出たいわ」
「善処します」
彼女が涙を止めるところはついぞ見られないまま、寂しそうに背中を丸めて帰っていった。改めて深緑さんの要望を眺めて、どうやって探そうか、と悩む。まずは、楊さんに相談してみよう。
「この辺りにはないだろうなぁ」
楊さんは顎髭を撫でながらそう答えた。
「明日、无限大人が転送門を使って燕京の館を訪ねると言っていたな。一緒に連れて行ってもらって、向こうで聞いてきたらどうかね」
「えっ!?」
まさか无限大人の名前が出てくると思わず、どきりとする。それに、別の館に行くのは初めてだ。楊さんは安心させるようににこりと笑った。
「私から話しておくから、行ってきなさい。これも勉強のうちだよ」
「はい」
ここ以外の館については興味があるから、その機会が得られたのは嬉しかった。でも、若水姐姐とあんな会話をしてから、无限大人に会うのは初めてだから、まだ心の準備ができていない。どんな顔をして話せばいいんだろう。アピールするって、一体どうやって。
うう。とにかく、やるしかない!