「小香、小香!」
ちょいちょい、と小声で私を呼んでいるのは誰かと思ったら若水姐姐だった。
「写真、いっぱい撮ってきた!?」
「はい!」
なぜか部屋の隅に移動し、ひそひそと訊ねてくる若水姐姐に苦笑しながら、端末を取り出す。この前旅行に行ったことは、メッセージで若水姐姐にも伝えていた。そうしたら、今度会った時写真を見せるということになった。
「これとか、よく撮れたと思うんです」
「あー!! 素敵……。ばっちりね!」
「あとは、これとか」
「お団子食べてほっぺが丸くなってる……!! いい!!」
「それから、これとか」
「ああ、風になびく髪、見上げる横顔……。いい!!」
私が画像を切り替えるたび、若水姐姐はぐっと拳を握り何度も頷く。その反応に、私はでしょう、と心の底から共感する。同じ気持ちを共有できるって、すごく楽しい。でも、同じものを好きっていうことは、問題もある。
「若水姐姐は……、一緒に旅行、行ったことありますか?」
「あるよ! 小黒と三人で紅葉見に行ったの。きれいだったなあ」
「そうなんですね」
「そのときの写真、今はないや。今度見せてあげるね」
「はい」
私が特別なわけではないことはわかっていたけれど、やっぱり、ちょっと落ち込む。
「あの、若水姐姐」
「なに?」
「姐姐は……无限大人のこと、どんなふうに好き……ですか?」
「強くって優しいところ! 无限は一番の人間よ」
「その……恋人になりたい、とか……」
思い切ってそれを訊ねる。ずっと気になっていたことだった。けれど、姐姐は首を傾げる。
「恋人? ああ。人間の男と女の関係ね」
「そうです……」
「そういうのとは違うよ! 小香は无限と恋人になりたいの?」
「えっ、いや、そういうわけじゃ」
素直に頷くことは憚られて咄嗟に否定してしまう。しかし姐姐は構わずそうか~とにやりと笑った。
「そうよね。人間同士だもの。夫婦にだってなれるもんね」
「ふっ!?」
思ってもいなかった単語が出てきて、思わず倒れそうになる。姐姐はおかしそうに笑い声をあげた。
「いいじゃない! 无限、小黒を弟子にしてからなんだか雰囲気が前より柔らかくなった気がするもの。誰かと寄り添うことも、ありえるんじゃないかと思う」
「そ、そうなんですか……?」
否定しておいて、希望を見せられると構わず縋りそうになってしまう。我ながら現金だ。
「押してみたら案外いけるかもよ!」
「お、押すって……」
「ちゃんとアピールしてる?」
「いや、アピールとかそういうのは……まだ……」
「してみたらいいと思うよ。写真見たら、无限とても楽しそうにしてるもん。悪い気はしないんじゃないかな」
「そ、そうでしょうか……」
あまりにも前向きな姐姐の言葉に頭がくらくらする。アピールなんて、してもいいんだろうか。でも、どうしたらいいんだろう。ちゃんとした恋愛なんてしたことがなくて、まるで思い浮かばない。
食事に誘うので精いっぱいだ。
「私……は……」
「小香の気持ちはどう? どうしたいって思ってる?」
「……わからないんです」
涙が込み上げてきて、苦労しながらぐっと飲み込む。
「好きって気持ちは確かなんです。でも、どうすればいいかは、全然わからなくて……。会いたいって思うし、話せると嬉しいし、こんなに親しくなれるなんて思わなかったから、まだ奇跡みたいな気がしているんです。それ以上を望むなんて、いけないような」
「いけないなんて、そんなことはないよ」
優しい姐姐の声に、堪えていた涙が素直に零れた。ずっと私は、その言葉を待っていたのかもしれない。誰かの後押しが欲しかったのかもしれない。
「小香、加油!」
「……ありがとうございます!」
涙を拭ったら、自然と笑みが浮かんできた。