18.あなたに染まる

 最近、こちらでは漢服、という漢民族伝統の衣装を普段から着ることが流行っているそうだ。それは人間たちの間でのことで、長く生きている妖精たちは歴史がかった服装をしていることが多いので、職場では見慣れている。日本でも、妖精たちは着物を着ていた。
 だから、雨桐に着てみないかと誘われたときは特に迷うことなく、着てみたいと思った。形はいろいろなバリエーションがあって、どの年代を参考にするかでずいぶん変わってくる。色も柄も多岐に渡り、どれを着ようかとても悩んだ。さんざん迷ってようやく二着まで絞り込み、購入して着方を教わった。帯が簡単な分、着物より着やすいかもしれない。これを来て職場に行くのが楽しみだ。
 実際に着て仕事をしてみると、思っていたより動きやすかった。服が違うだけで、気分がよくなり、いつもより楽しく作業ができる。
「あら、小香。いいわね」
「よく似合ってるよ」
「ありがとうございます」
 同僚や妖精たちに褒めてもらえて、ますますいい気分になってしまう。
 できることなら、无限大人に見てほしいな……と思うけれど、そんなに都合よくはいかないだろう。それでももしかしたら、という期待は拭えず、じりじりしているうちに終業時間が近づいてきた。
 訪れる妖精も少なくなったころ、誰かが訪ねて来たのに気が付いて、入口へ向かい思わず息を飲んだ。
「すまない、こんな時間になってしまって」
「い……いえ! まだ受け付けていますから。どうぞ」
 无限大人。待ち焦がれていたけれど、いざ目の前にしたら緊張してしまった。
「今楊さんを呼んできますので、少々お待ちください」
「ああ。…………」
 すぐ立ち去ろうとしたけれど、何か言いたげな視線を感じて立ち止まる。
「あの……他に何か?」
「……ああ、いや」
 そう言いながらも、彼は私のことをじっと見ている。
「その、服」
「あ、これは……」
 変だったろうか、と不安になって裙の裾を引っ張る。どこか着方を間違えてるとか。
「友達に着てみないかって誘われて。初めて着てみたんですけど。へんですよね……」
「いや」
 彼は私をまっすぐに見つめながら、ふと笑みを零した。
「いいと思う」
「え……」
 どきんと心臓が跳ねる。褒めてもらえた?
 どうしよう。すごく嬉しい。
「あ……ありがとうございます」
 もうその場にいられなくなって、私は裾を翻して逃げ出した。
「や、楊さん呼んできますね!」
 楊さんに无限大人が呼んでいることを伝えて、人気のないところへ避難する。胸元に手を添えると、まだどきどきしているのが感じられた。頬が熱い。いいと思う、って言ってくれた。嬉しい。着てみてよかった。いいって言ってもらえた。その一言が脳をぐるぐると回り続ける。何度も思い出しては、身悶えてしまう。
 无限大人の用件は短かったようで、楊さんはすぐに戻ってきた。もう帰ってしまったのかな、と入口を覗きに行く。まだ外を歩いていないだろうか、と戸をそっと開ける。さすがに、もう姿は見えなかった。ほんの少し言葉を交わしただけだけれど、こんなに嬉しさが膨らんでいる。まだ、とくとくと胸が鳴っている。
 苦しいけれど、やっぱり、想うことができるだけで幸せ。
 今はそれでいい。先のことはまだ考えられない。
 彼の中に少しでも、私という存在を染み込ませられたらいいのに。
 私はこんなにも、あなた色に染まってる。