第一印象、というと、正直に言えばよく覚えていない。楊に紹介されて、わざわざ外国から来るとは仕事熱心な人だと感じた。その後に見かけた勤務態度も真面目で、日本人は彼女のような人が多いのだろうかと考えた。
やはり、あの一件が印象深い。客に怒鳴られながらも、君は真摯な表情でじっと耳を傾け、なんとかそれを受け止めようとし、収めようと務めていることが感じ取れた。だが残念ながらその姿勢は彼に伝わらず、怖い思いをすることになったのは可哀想で、落ち着けるために茶を振る舞った。ここには長年通っているから、ある程度の勝手はわかっている。だが、自分で茶を淹れるのはさすがに初めてだった。君は微かに震えていて、それでも取り乱さずに毅然としていた。なんの力もない、ただの人間の女性が力のある妖精に害意を向けられたのだから、恐れて当然だろう。だが君はこれも仕事のうちだからとでも言うように受け止めていた。そして、私のように強くなりたいと。
館で働いている人間たちは、皆それぞれに妖精と向き合っていて、粘り強く働いていて頭が下がる。君も彼らと同じく、強い人なのだと胸を打たれた。笑顔が優しく、物腰が柔らかい半面儚げで、少し危機感に欠けるように映っていたから、余計に強く印象づいたのかもしれない。
お礼に食事を、と言われて頷いたのは、異邦人であるから、だけではなく、君個人に少し興味が湧いてきていたからだろう。向こうでどんなことを乗り越え、今の仕事を続けているのか。こちらと向こうではどんな違いがあるのか。話を聞いてみるのは面白そうだった。
考えてみれば、女性と二人で食事というのはずいぶん久しぶりのことだった。以前行ったのはいつだったか。あまり深くは考えず、料理と会話を楽しみに足を運んだ。
君は緊張気味だったが、会話は心地よかった。声の調子か、言葉選びか、何かはわからないが、穏やかに言葉を交わせることに気が付いた。自分の立場が君を必要以上に委縮させないよう、なるべく気安く話すように心がけた。もともと言葉数が少ない方だから、もしかしたら退屈させてしまった部分もあったかもしれないが、君はずっと笑顔で、いろんなことを話してくれた。
だから、もう少し話してみたいという気持ちが湧いた。次は、彼女の故郷の料理を食べてみたい、というのもあった。そう告げたときの君は驚きに目を丸くして、けれど嬉しさを隠しきれない笑顔だった。
君は私に会った時、とても嬉しそうに笑んでくれる。それが私の気をよくしていた。好意を寄せてくれていることはわかっていたが、それは単に尊敬や敬愛といった類のものだと思っていた。
和食は思っていたより口に合った。初めは飲もうという気はなかったが、興が乗ってきて手が伸びた。君も控えめにしていたようだが、頬が赤く染まり、普段より素の部分が垣間見えるようになっていて、仕事中より幼げに見えた。その姿は愛らしいがやはり無防備で、そのまま一人で帰すのを危ぶんだ。恐らく治安がいいところで育ったのだろう。自分が害されるなんて案じていない無警戒さ。その優しさがいつか裏切られることがなければいいがと願わずにいられない、無垢なあどけなさ。あのときのように、いつでも助けられるわけではないのだから。
家の前まで辿り着いた時、君が何かを言おうとして言葉を止めたとき、離れがたく感じているのではないかと疑った。また会えるなら悲しむ必要はないだろうと伝えたくなった。
次の休みが決まったら、今度は私が贔屓の店を紹介しようと、そう思った。
最近食事をしていた相手が君だと知った時、小黒はどうしてぼくも誘ってくれなかったの、とむくれた。寿司を食べてみたかったそうだ。小黒も気に入りそうな味だったから、今度その店に連れて行ってやると約束した。次に誘うときは、小黒も連れて行っていいか訊ねてみよう。この子は君を気に入っているようだ。この子に知り合いが増えるのは喜ばしい。君がよい友人になってくれれば、というのは気が早いだろうか。君の国の話は、この子にも勉強になるだろう。
それにしても、君との出会いが、この子との出会いと同じくらいかけがえのないものになるとは、このときにはまるで思いもしなかった。一度触れ合った縁を、このまま切ってしまうには惜しいから繋げていきたいとぼんやりと考えてはいただろう。それがしっかりと結ばれたのは、もう少し先のことだった。