06とんとん拍子とはいかないのが世の理

「修行といったら虚淮の出番だな!」
 買い物から戻ってきて、さっそく虚淮を探す。思った通り、いつもの場所にいた。
「おーい、虚淮! ちょっと来てくれよ」
 水面に立ち、目を閉じていた虚淮は俺の呼びかけに顔を上げた。
 そして、隣のなまえにちらりと目を向けてからこちらに来た。
「なんだ」
「なまえが修行したいってさ」
「霊質っていうのを貯めるんですよね!」
 虚淮はやる気に満ちたなまえの顔をじっと見つめる。
「……厳しいぞ」
「う、がんばります!」
 そして、無表情のままそう言った。なまえはちょっと怖気づきそうになりながらも、拳を握った。
 虚淮は手を挙げると、なまえのお腹の辺りに翳す。
「ふっ」
 と気合を入れるような息を吐くと、「うわっ」となまえがよろけた。
「な、なんですか今の、暖かいような、変な衝撃が……!」
「気を取り込みやすいように、まず気を送り込んだ」
「なにか、私変わった?」
 なまえは自分のお腹を押さえながら虚淮と俺の顔を見比べる。
「すぐにはわからないかもしれないな」
「今から言う通りに呼吸をしろ」
 虚淮は淡々と進めていく。
 なまえは虚淮のやり方を真似しようとするが、なかなかうまくいかないみたいだ。
「む、難しい……」
「腹の底に空気をためこむイメージをしたらどうだ?」
「うーん……こう?」
 俺がアドバイスをしてみるが、やっぱりぜんぜんできてない。
「そうじゃない、こうだ」
 虚淮は何度もなまえにやり直しをさせた。なかなかできないなまえは半泣きになりながら繰り返し息を吸う。修行っていうのは、生半可じゃできない。なまえはいままで霊質というものを意識してこなかったらしいから、余計に難しいんだろう。
「こうですか!」
「違う。こうだ」
 それでも辛抱強く、虚淮は教える。なまえはびくびくしてるけど、何も虚淮は怒ってるわけじゃない。虚淮は辛抱強いから、これくらいのことで怒るわけないんだけど、まだなまえは虚淮のことよく知らないか。
「初めてなんだから、上手くいかなくて当たり前だよ。もっと肩の力抜けって」
「ううう、はい」
 なまえは鼻をすすって、一度深呼吸をした。
「でも、帰りたいから、頑張る」
 そういって、気合を入れなおして虚淮の動きを注意深く観察し、もう一度息を深く吸った。
「すー……はー……。あっ、今いいかんじだった?」
「続けろ」
「はい!」
 なまえは口を閉じてさらに呼吸を続ける。いいかんじだ。完全じゃないけど、少しずつ霊質を取りこめている。
「いいぞ、なまえ。その調子だ」
 なまえは真剣な表情で呼吸を続けている。虚淮は時折「速い」とか「浅い」とか声を掛けながらも、その頻度は少しずつ減っていた。この分なら大丈夫そうだ。
「じゃあ、俺は行くけど、頑張れよな、なまえ」
 なまえは呼吸は止めず、返事の代わりに頷いた。

 夕方ごろになって戻ってきてみると、なまえはまだ虚淮と向き合って呼吸を続けていた。すごく集中していて、俺にすぐに気付かなかった。虚淮に目を向けると、虚淮はひとつ頷いた。
「なまえ、今日は終わりだ」
「すー……え、あ! もう夕方?」
「ずいぶん捗ったみたいだな、なまえ!」
「洛竹! うん、たぶん」
 なまえは半信半疑で自分のお腹を撫でる。
「その調子で続けていけばいい」
「明日もお願いします!」
「わかった」
 虚淮ともどことなく打ち解けてるように見える。よかった。
「じゃ、ご飯にしようぜ! 今日はいい肉が手に入ったんだ」
「わぁい! お肉!」
 なまえはころっと切り替えてはしゃいで腕を振り上げた。なまえのこういうところ、好ましく思う。風息がなまえを連れて来たときはどうなることかと思ったけど、なまえも、それ以上に俺たちも、馴染んできてる気がする。なまえが来てから、ちょっとにぎやかになったくらいだ。
 早く家に帰してやりたい。自然とそう思うようになった。きっと虚淮もそうだろう。なまえは俺がいてよかったって言ってたけど、逆だ。なまえだから、よかったんだ。
 なまえが帰ったら、しばらく寂しくなるかもしれないな。