「はぁ……」
気が付いたら溜息を吐いてしまっている。仕事中も、食事をしたときのことを思い出してしまって、胸がいっぱいだった。たくさんのことを話せたと思う。けれど、全然足りない。
あれから、まだ連絡は来ていない。次のお休みはいつだろう。いつになったら、また会えるだろう……。
「こんにちはー!」
元気な女の子の声に、うつうつとしていた気分が吹き飛ばされる。
入口に出迎えに行けば、思った通り、山吹色の髪の狐の女の子が機嫌よく立っていた。
「小香! やっほー」
「若水ちゃん」
彼女も幼い見た目をしているけれど、生きている時間は私と同じくらいの、立派な執行人だ。ふさふさの耳と尻尾がくりくりとよく動く。
「ちょっと相談があるの。いい?」
「はい。伺います。こちらにどうぞ」
彼女を椅子に座らせて、お茶を淹れに行く。お茶請けと共に持っていくと、彼女はさっそく話し始めた。
仕事の話はすぐに終わったけれど、そこからは世間話に花が咲いた。
「この前ね、任務中に无限に会ったの!」
「大人に?」
「ふふふ。无限の気配はいつでも見逃さないわ」
彼女は丸い頬を赤く染めて、両手で押さえる。その表情は憧れの人を想ってほころぶようで、かわいらしい。
「若水ちゃんも、大人のことが好きなの?」
「大好き!」
ぱっと両手を上げてほとんど被せるように勢いよく答えてくれた。一切の衒いなくはっきり答える姿が眩しい。私はそんな風に胸を張って言えない。いまのところ、まだ。
彼女は目を弧の形に曲げてにやりと私を見る。
「もってことは、小香もね?」
「え? あっ、私はその……」
「わかるわかる! 无限は素敵だもの! 見て、そのとき写真撮ったのよ」
そう言いながら、彼女は端末の画面を見せてくれる。そこには、画面に向かって微笑んでいる彼が映っていた。
「いいな……」
その微笑みを見てつい、素直に言葉が零れてしまった。自分の端末に彼の写真がある、それだけで強くなれる気がする。
「いいでしょ。ね、連絡先交換しましょ! また无限と会ったら、写真撮って送るから!」
「えっ、いいの?」
「いいよ! だから、小香も无限と何かあったら連絡して!」
今のところ、食事に行く約束をしているけれど、いつになるかわからない。彼女に報告できるほどのことがあるだろうか。
「ふふふ。私たち、无限同盟ね!」
なんだか、アイドルのおっかけみたいだ。大人本人は、アイドルとは対極にいるような人だけれど。
「あ、もう小黒には会った?」
「会ったわよ。かわいい子だよね」
「そうなの! 元々は会館に住む予定だったんだけど、无限の弟子になりたいって言って、一緒に旅するようになったのよ」
「そうだったんだ」
「いいなぁ。私も无限の弟子になって一緒に旅したい!」
彼女は机に手をつき、天井を仰いで足をばたばたさせる。
无限大人と一緒に旅をするのは大変そうだ。それこそ、小黒や若水ちゃんのように、力のある妖精じゃないと。私は、ここで事務仕事をするので精いっぱい。无限大人は、助かってるって言ってくれたけれど……。一緒にいたときのことを思い出しただけで、想いがこみ上げてくる。早く、もう一度会いたい。会ってどうなるかなんてわからないけれど、ただただ、毎日焦がれている。
「ねえ、だいじょうぶ?」
ふと気付けば、机に肘をついて、そこに頬を乗せて、彼女は私の顔を覗き込んでいた。
「思いつめてるように見えるわ。悩んでることがあったら、なんでも言ってね」
「うん。ありがとう。でも、大丈夫よ」
きっと、ただ贅沢になっているだけだ。あの時間は、本当に素晴らしかったから。もう一度味わいたいと、そればかりで頭がいっぱいになっている。ああ、心配をかけて申し訳ない。ちゃんとしなくちゃ。
「じゃあ、そろそろ行くわね。お茶ご馳走様!」
また連絡するね、と端末を揺らして、帰っていく彼女を見送りながら、通知の来ない端末をうらめしく思った。