届いた料理を、无限大人はさっそく食べ始める。箸の持ち方が綺麗だ。どんな味がするんだろう。彼は美味しそうに食べてる。小さめの一口を齧ってみる。お肉にはよく味が染みていて、齧ると口の中に芳醇な香りが広がった。
「美味しい……!」
思わず声を出してしまう。彼はそんな私を見て、少し微笑んだ。これが、彼の好きな味。彼は静かに食べている。食事中にあまり喋るタイプではないのかもしれない……と思いつつ、せっかく誘ったからにはもっと話したい、という欲求が強くて、私は会話を再開した。
「いつごろから、執行人になったのですか?」
「もうずいぶん長いこと経つな」
彼の言う長い、は数十年ではなさそうだった。見た目は、若く見えるのに。妖精たちは人間よりずっと寿命が長い。彼も、霊質に長けていて、そういう性質があるのだろう。人の寿命よりも長く生きるって、どんな気持ちなんだろう? 私は、ほんの子供に見えるんだろうか。
「君は、いつから仕事を?」
向こうから質問をされて、どきんとした。興味を持ってもらえてるんだろうか。
「もともと両親が働いていたので、私も一緒に働くつもりでした。学校を出て、すぐにこちらでいう館で働くようになりました」
「私は日本に行ったことがない。あちらの妖精は、どんな感じだ?」
「そんなに、変わらないと思います。でも、こちらの方が活気があるというか、そんな気がしますね。人間も、そうだと思います」
「君は穏やかな人だから、こちらはうるさいだろう」
「え! そんなことないです!」
冗談めかして言われて、慌てて否定する。穏やかに見えてるなら、嬉しいけれど。
「みなさん元気で、おおらかで優しくて、来てすぐ好きになっちゃいました」
「なら、よかった」
そのあとはまた仕事の話をした。悩んでいることや、気になっていることを少し話してみると、真摯に聞いてくれて、ためになる話をしてくれた。その頼もしさは、年を重ねた老人と話しているような気分になる。この人は、私よりもずっと長い時間を生きているんだ、と節々で実感した。けれど、遠すぎる、ということはない、と感じる。彼はちゃんとこちらに目線を合わせてくれて、同じ言葉を使って、今の時代に馴染んでいる。こうして、私の話を聞いてくれて、私に向けて言葉を選んで、答えてくれる。それがたまらずに嬉しかった。
「妖精のことを知る人は、年々、少しずつだけれど増えています。きっと、悪いことばかりじゃないですよね」
それは住処を追われる妖精たちが後を絶たないということでもあり、妖精の存在を知り、彼らのために何かをしようと考える人が増えるということでもある。
「うん。人は、もっと妖精のことを知らねばならい」
人間は文明を発展させるにつれて、自然を恐れることを忘れ、妖精を忘れた。だから自然を破壊することに無感動でいられる。自分たちが発展するために、何かを犠牲にすることを厭わない……。
「私にできることは限られてますけど、たとえ小さな力でも、他に同じ志の人と合わせれば、何かを動かすことができる。この仕事をしていると、そのことを実感します」
だから、少しずつでも、前に進んでいきたい。彼は私の言葉に深く頷いて、微笑んだ。
「私が自由に動けているのは、君たちのように支えてくれる人がいるからだよ。ありがとう」
「えっ!? いえ、私はそんな……」
ふいに、彼にそう言われて、心臓が跳ねた。でも、この人のために働けるなら、それはどんなに素敵だろう。いくらでも意欲がわいてきそうだ。
「では、そろそろ行こうか」
気が付けば、食べ終わった後も三十分ほど話をしていた。彼は立ち上がり、私が会計をする前に済ませてしまった。
「そんな、お礼がしたかったのに」
「いいんだよ。楽しい時間が過ごせたから」
そんな風に言われたら、さらに気持ちが膨らんでしまう。
もう、お別れなんて。
どうしたら彼を引き留められるだろう。私という存在を、もっと知ってもらいたい。彼の中に、植え付けたい。そんな願いが生まれていることに、気付いてしまう。せめて、もう一度だけでも。
「あの……」
「私は、和食を食べたことがないんだ」
言葉を探す私が何かを見つける前に、彼はそう言った。
「いい店を知らないか?」
「あ……知ってます! よかったら、また、ご一緒に……」
なんとか答えるけれど、胸がいっぱいになって涙が零れそうになる。彼の微笑みは優しくて、細くても縁が繋がったのだと言ってくれているようで、嬉しくて仕方なかった。