「小香!」
館を歩いていると、後ろから駆け寄ってくる足音がして、振り返る前に腰にどんと衝撃を受けた。少しよろけてから、振り返る。
「小黒!」
「よかったあ! 戻ってきてくれて!」
小黒は私のスカートを握り締めて涙を目に浮かべていた。私はしゃがんで小黒と目を合わせ、頭を撫でる。
「ごめんね、小黒。何も言わずに帰っちゃって」
「ううん。戻ってきてくれたからもういいよ」
そう言って、小黒はぎゅっと私に抱き着いてくれる。その小さな体温の高い身体を抱きしめ返して、ほっとした。よかった、許してくれて。
その後ろから、ゆっくりと无限大人が歩いてきた。私たちの姿を見て、微笑を浮かべる。
「これからは、ずっとこっちにいるんだよね?」
「うん。そうだよ」
无限大人と目配せをしてから、小黒にしっかりと頷く。小黒は涙を拭ってにこっと大きな笑みを浮かべた。
「よかった! ね、師父!」
そして、无限大人を振り返る。无限大人も微笑んで頷いて見せた。
小黒は无限大人と私の顔を見比べる。
「それで、二人はふうふになったの?」
「ち、違うよ! えっと……」
恋人同士、と言っていいのかわからなくて、口ごもる。私たちの関係は、そういうもの、でいいんだろうか。ちらりと无限大人を見上げる。无限大人はちょっと小首を傾げた。
「えっと……、恋人、でいいんでしょうか……」
「違うのか?」
「ち、違いません……よね?」
口にしただけでどきどきしてしまう。无限大人は面白そうに笑うだけだった。小黒に訝し気に見られて、无限大人はしゃがんでいる私の手を取り、立ち上がらせて、隣に立たせ、肩に腕を回した。
「ちゃんと、気持ちが通じたよ」
「そっか。やったね、小香、師父!」
小黒ににっこりと笑みを向けられ、真っ赤になって肩を竦めてしまった。
「ありがとうね、小黒」
「ぼくは何もしてないよ!」
「応援してくれたもん。嬉しかったよ」
「へへ。ぼくも、大好きな二人が仲良くなってうれしい!」
小黒や雨桐、若水姐姐、いろんな人に応援してもらって、励ましてもらった。改めて、感謝の気持ちが湧き上がる。思えば、支えてもらってばかりだった。これからは、こちらで頑張って働いて、返していけたらいいと思う。小黒がふいに悪い顔をして、私に囁いた。
「師父ね、小香がいない間、すっごく落ち込んでたんだよ」
「そうなの?」
「小黒」
「干ししいたけみたいだった」
「干ししいたけ!?」
どんな状態か想像がつかないけれど、私が日本に帰ってしまったことが、それだけショックだったのかと思うと、心臓が早鐘のように鳴りだした。
「あの……そんなに」
「……うん。ずいぶん後悔したよ」
无限大人は眉を下げ、私の顔をじっと見つめる。あの言葉にはとても辛い思いをしたけれど、无限大人もそうだったのかもしれないと思うと、救われるような気持ちがした。
「すみませんでした……。飛び出してしまって」
「いや、私の言い方が悪かったんだ。すまなかった」
无限大人は私の頬をそっと指で撫で、謝罪を口にする。胸がいっぱいになって、首を振るので精いっぱいだった。
「二人とも、ずっと見つめ合ってる」
小黒がそうやって茶化すので、はっとして一歩後ろに下がった。人目があるのに、こんなに近くにいるなんて。でも、私たちの関係はもう館中の人が知っているから、もう構うことはないのかもしれない。この気持ちを素直に伝えてもいいんだ。それを受け止めてもらえることを信じられることが、とても嬉しくて、幸せ。
私が微笑むと、无限大人も微笑んだ。小黒も笑顔だった。
こんな日が、これからはずっと続いていく。