唇が触れた瞬間、暖かな想いが胸を満たした。ソファに置いた手に手が重ねられ、そっと包まれる。肩から力が抜けて、身体が彼の方へ傾く。そっと唇が離れ、余韻に身体が微かに震えた。目を開けたら、翡翠の光が目の前にあり、ぼんやりとした私の顔を映していた。
「あ……」
初めてのキス。まだ手は重ねられたままだ。細く息を吐いて、息が止まっていたことに気付く。无限大人は私を見て、ふと笑みを零した。ぱっと頬が染まり、心臓がどくんと鳴る。キスした、という実感がじわじわと湧き上がってきて、ぶわっと汗が吹き出した。
「あうう」
意味のない唸りが口から洩れる。そんな私を、无限大人はじっと見つめている。恥ずかしくなって目を逸らしてしまったけれど、手は握られたままで、距離は近くて、どうしようもなかった。
「ようやく触れられた」
彼は甘やかな声でそう囁く。それだけで全身が熱くなる。もし想いが通じ合ったら。そこまでしか考えられなくて、それから先のことは全然想像もしていなかった。その先を、无限大人が示して見せてくれた。これが、私たちの今の関係。そうなんだ……と、じわじわと気持ちがせりあがってくる。
「ふふ」
そうしたら、なんだか笑みが溢れてきた。照れ隠しと、嬉しさと。彼がまっすぐに私を見てくれている。私だけを。今だけは。これからもずっと?
「大好きです」
今はもうそれだけでいっぱいで、他の言葉が出てこない。无限大人は微笑みを深め、頬を手の甲で撫でてくれる。无限大人がここにいる。見つめ合っている。その瞳に私がいる。私の心にあなたがいる。
一時間が経って、葱油餅作りを再開した。寝かせた生地を麺棒で薄く伸ばしてもらう。その間に青葱を切る。伸ばした生地にサラダ油を塗り、小口切りにした青葱を散らして、巻く。ロール状になった生地を渦巻のように巻いて、巻いた生地を押しつぶし、さらに麺棒で伸ばしてもらう。麺棒を扱う无限大人の手つきは力強くて、腕まくりをした腕の筋肉に力が入るのが見て取れた。伸ばした生地をフライパンで焼く。これは私の仕事だ。焦げ目がついてくると、いい匂いが部屋に漂ってきた。
「早く食べたいな」
「小黒と一緒に食べてくださいね」
「うん。君のおかげでちゃんとしたものが作れたよ」
「ふふ。小黒、美味しいって言ってくれるかな」
「ああ。感想を後で伝えるよ」
「楽しみにしていますね」
焼きあがった葱油餅は切り分けてタッパーに入れ、私たちは別に買っておいた饅頭と一緒にお茶を飲んだ。
「仕事は今まで通りなのか?」
「はい。同じ部署に入れてもらいました」
「そうか。館の妖精たちも安心だろう」
「みんなのために、もっと頑張りますね」
「だが、日本の者たちは惜しがっただろう」
「そうですね……みんな、私がいないと寂しくなるって、言ってくれました。でも、快く送り出してくれて……感謝しかないです」
「そうか。それは責任重大だ」
「え?」
「君をもらい受けたからには、大切にすると誓おう」
「无限大人……」
そんなことを言ってもらえるなんて思わなくて、涙が溢れてくる。无限大人は肩を揺らし、泣き崩れる私の肩を抱きしめてくれた。
「こうして、今君が腕の中にいてくれる。それが、たまらなく嬉しい」
「私もです……」
ついこの間まで絶望していたなんて嘘みたいだ。こんなに幸せいっぱいでいいんだろうかと思ってしまうくらい、満たされている。好きと言ったら微笑んで受け止めてくれ、深い愛情を返してくれる。それがこれからも続いていくなんて素晴らしい未来だ。
これから、この人とこの地で生きていく。