95.花満ちて

「小香、聞いてる?」
「はい」
 雨桐に顔を覗き込まれて、頷いたけれど、雨桐は呆れたように笑った。
「聞いてないな」
「聞いてたよ」
「じゃあ何言ってたか言ってみ」
「えっと……」
「ほら、聞いてない」
「ごめん」
 聞いてたつもりだったけれど、雨桐に指摘されて、言われたことをまったく思い出せないことに気付いた。雨桐は怒るどころかにやにやとしている。
「この一週間、ずっとそんなかんじ。ぼーっとしちゃって」
「そうかな……」
「にこにこして、幸せそうにして。周りに花でも飛んでそうだよ」
「そ、そんなことは……」
「あるでしょ」
「う……」
 確かに、ここ一週間はずっと幸せな気持ちが続いていて、心がふわふわしている。だって、无限大人と……気持ちが繋がったんだもの。あんなに焦がれた人が、私を見てくれて、手を取ってくれて、心を通わせてくれた。いままで生きてきたなかで一番幸せだ。
「あれから、どうなったの?」
「どうって?」
「告白されてから。なんかした?」
 ちゅーとか、と雨桐はにやにやして聞いてくる。それを考えただけで頬が真っ赤になって熱を持った。
「しししししてないよ! 何もしてないよ。連絡もしてないし……」
「は? 連絡してないの?」
「だって、无限大人は任務で忙しいから……」
「はーっ」
 雨桐は怒りを滲ませて深く息を吐いた。
「信じらんない。普通告白した後一週間も放置する?」
「放置はされてないよ」
「連絡ないんでしょ」
「ないけど……」
 でも、全然気にしてなかった。无限大人に抱きしめられて、空を飛んだときのまま、心はいまだに空高くある。
「まあ、二人のことだから外野がとやかく言うことじゃないけどさ。遠慮ばっかりしてたらだめだよ。ちゃんと気持ちは伝えていきな」
 雨桐が気に掛けてくれる気持ちが嬉しい。彼女には私が自分の気持ちに気付いていないときから、ずっと私を見てくれていて、相談に乗ってくれて、励ましてくれた。
「ありがとう」
 雨桐には感謝してもし足りない。雨桐がいてくれて本当によかった。
「でも、連絡するの、なんか恥ずかしい……」
「いまさら何を照れるのさ。いままでどおり接すればいいんだよ」
「いままでどおりか……」
 いままでは、好きだという気持ちを押し隠して接してきた。もう、隠さなくてよくなったんだ。でも、いざそうなると、どう接したらいいのかわからなくなってしまう。電話をするとして、何を話せばいいだろう。付き合ったあとって、何をすればいいんだろうか。もちろん、いままで何人かと付き合ったことはある。でも、いままでの恋とはぜんぜん違って、初めてのことを始めるときのように手探りになっている。また、一緒に出掛けたい。小黒と三人で遊びたい。それをずっと続けていけたら、それがいい。そうか、どこかへ行きましょうって誘えばいいのか。どこへ行こうか。せっかくだから、遠出をしてみたい。お泊りもできたらいい。この大陸は広いから、きっと周りきれないくらい素敵な場所がたくさんある。
「今日、連絡してみようかな」
「そうしな」
 そう決めてからは、仕事が早く終わらないかとそわそわしてしまった。他の同僚や妖精にも、嬉しそうだねと指摘されてしまう。あの日のことは、すでにたくさんの人が知っているみたいだった。私と无限大人の関係を知って、お祝いしてくれる人もいた。恥ずかしいけれど、嬉しいことだった。少し前までは、こんな風になるなんて考えもしなかった。まだ夢みたいに思える。无限大人が私を好きと言ってくれたなんて。信じられないけれど、本当のことなんだ。
 毎日そのことを噛みしめては、幸せに胸が満たされていた。