「お帰り、小香。これからよろしくね」
「うん。よろしくお願いします」
雨桐や、他の同僚たちは暖かく私を迎え入れてくれた。手続きなどの準備があったため、こちらに戻ってこれたのは1月になっていた。数か月しか離れていなかったのに、なんだか懐かしく感じる。楊さんも、私が来ることを歓迎してくれた。これからは、ここで働く。新しい気持ちで、気合を入れた。无限大人への思いは、まだ整理がついていない。
伝えたいと思うけれど、ちゃんと伝えられるかはまだわからない。
顔を見たいと思うけれど、ちゃんと向き合えるかはわからない。
だからまだ、こちらから連絡はできていない。ようやく身の回りの整理が終わって、落ち着いてきたところだった。
「小香、戻ってきたんだってね!」
「若水姐姐! はい、こちらに住むことにしました」
「嬉しいな。小香がいてくれるの。頼もしいわ」
「ふふ。頑張りますよ」
こちらに来たことで、少し気持ちが落ち着いたように思う。やっぱり、向こうで欝々しているよりはずっとよかった。おばあちゃんに気持ちを聞いてもらって、自分が何をしたいのか、よくわかるようになった。ずっと、両親と同じように、おじいちゃんやおばあちゃん、その先代たちと同じように、あの館で私も働くんだと思っていたけれど、それ以外の道もあるとわかった。それを選んでもいいのだと、背中を押してもらった。无限大人が好きだから、こちらにいたいと思っていた。それもあるけれど、でも、それ以上にこの土地が好きになっていたことに、離れてから気付いた。それに気付いたら、あとはもう行動するだけだった。こちらに来て、みんなとまた顔を合わせて、ほっとした。これでよかったんだと思えた。これからはこちらで、妖精と人間を繋ぐ架け橋として、頑張ろう。
そのとき入口が開いたので、お客様だと顔を上げ、目を瞠った。
「あ、无限!」
若水姐姐が素早く入口へ向かい、入ってきた人を迎え入れる。
「久しぶりね!」
抱き着いてきた若水姐姐の頭を撫でながら、顔を上げた无限大人と目が合った。
「え」
「あ……」
无限大人は私がここにいるとは思ってもみなかったというような表情で、目を丸くして忘我の状態で私を見つめていた。
「あ、の。お久しぶりです……」
ばつが悪いながらも、若水姐姐がいてくれるお陰で、なんとか逃げ出さずに、无限大人に話しかけられた。
「ああ……」
无限大人は曖昧に頷きながら、じっと私を見ている。まるで幽霊でも見たかのような顔だ。それがなんだかおかしくなってしまって、緊張が解けていく。
「ふふ。すみません。一度帰ったんですけど、戻ってきちゃいました」
「戻ってきた?」
「はい。これからは、ずっとこちらにいます」
だから、改めて、と、居住まいを正す。
「また、よろしくお願いします」
ちゃんと言えた。また泣き出してしまうんじゃないかと不安だったけれど、大丈夫だった。心を決めたから、狼狽えることなく无限大人と向き合えた。
「では……これからは、こちらに?」
「はい」
无限大人は私が言ったことを繰り返して、表情を変える。その表情の変化があまりにも顕著で、私はまた勘違いしそうになる。
私がいることを、喜んでもらえているんじゃないかって。
「そうか」
无限大人は微笑み、ほっと息を吐いた。若水姐姐が私と无限大人の顔を交互に見て、口元を押さえながら後ろに下がる。无限大人がこちらに歩いてくる。
无限大人は私の前で立ち止まり、微笑んだまま言った。
「ではもう、思いを隠さなくともいいんだな」
そう言って、手を差し出してくるので、なんだろうと思いながら手をあげる。それを、无限大人はそっと握り締めて、私の瞳を覗き込んだ。
「私は、君のことが好きだよ。これからも、ずっと一緒に過ごしたい」
柔らかで愛情の込められた甘い声が耳に触れて、全身が浮き上がったような心地になった。