緊張しながら電話を掛ける。数回のコール音のあと、通話がつながった。
『小香か。どうした』
「あの、お話したいことがありまして」
つかえながら、今度食事をしないかと誘った。无限大人は明日の夜に、と答えた。早い、と決意が揺らぎそうになったけれど、その日で決めた。无限大人の行きつけの店で会うことになった。それからは仕事に身が入らなくて、気もそぞろで遅々として進まない時計ばかり見てしまった。短針があと五回周ったら、いよいよそのときだと緊張してくる。
帰り際、雨桐が肩をぽんぽんと叩いてくれた。行ってくる、と覚悟を決めて、職場を後にした。
お店に先についたのは私の方だった。あとで人が来ることを店員さんに伝えて、席に着く。メニューを開いてみたけれど、ぜんぜん食欲が湧かなくて、ひとつも文字が頭に入ってこなかった。入口が開くたびに目を向けて、違う、とがっかりしたりほっとしたりした。また入口が開いて、今度こそ、と思ったら无限大人で、目が合った。彼は片手を上げて、こちらに歩いてきた。
「遅くなってすまない」
「いえ、全然待ってないです」
緊張して、身体が固くなってしまう。意識すればするほど口が上手く回らなくなるから、いったん考えるのをやめようと努力した。
「もう頼んだ?」
「いえ、まだ……」
「じゃあ、一緒に頼もうか」
无限大人の柔らかい声にいつもは落ち着くけれど、今日は逆に鼓動が大きくなってしまう。无限大人が選んだものと同じものを頼んでもらうことにして、震える手でお茶を飲んだら咽てしまった。
「大丈夫か?」
「へんなところに入って……こほっ」
咳き込んでいると、无限大人が手を伸ばして背中をさすってくれた。接触されて、さらに心臓が叫び声を上げる。もうだめだ。こんな状態で、うまく喋れる自信がない。
「疲れてる?」
「いえ。无限大人こそ、任務大変ではなかったですか」
「そうでもないよ。いつも通りだ」
「なら、よかったです」
忙しいところを呼びつけてしまったら迷惑だろうから、少しほっとした。
「それで、話とは」
「あっ……はい」
すぐに本題に入ってしまいそうだったけれど、料理が運ばれてきたのでまずは食べることにした。
「これ、美味しいですね」
「うん。この店で一番人気のメニューだよ」
「やっぱり」
当たり障りのないことを話しながら、なんとか緊張をほぐそうとするも無駄に終わった。私はかなりそわそわしているのだろう、无限大人の視線が気づかわしげだった。
「私、十月に帰る予定なんです」
「十月か。もうすぐだな」
「はい……。だから、改めてお礼が言いたくて」
ありがとうございました、と心を込めて伝える。无限大人も箸を置いて、居住まいを正した。
「こちらこそ、ありがとう」
「无限大人と出会えてなかったら、こんなに深くこちらのことを知ることはできていなかったと思います。いろいろ教えてくださって、本当にありがとうございます」
「私も、いろいろ学ばせてもらったよ」
「それだけじゃなくて、たくさん助けてもらいました。仕事のことも、出かけたときも……。私、迂闊なところがあるから」
「そんなことはないよ。君はいつも一生懸命に、よくやっている」
「そう……だと、いいんですけど」
はにかんで、髪を触る。今日も、贈ってもらった髪飾りを着けてきた。この贈り物は、どんな気持ちでくれたんだろう。
「最初は、こんなに親しくなれるなんて思っていませんでした。无限大人は執行人で、とても強い方で、長く生きていて……。私とは、生きる世界が違うって。でも、いつも目線を合わせてくれて」
ばくばくと心臓が逸って音を立てる。言わなくちゃ。ちゃんと。気持ちを、伝えなくちゃ。そう思って、乾いた口を必死に動かす。
「だから……私は……っ」