楠渓江の流れに沿って、竹の船に乗ることになった。无限大人が先に乗り込み、当然のように手を差し出してくる。どきどきしながらその手を取り、慎重に船の上に足を置いた。思っていたよりも安定感があるけれど、縁がないのでひっくり返ってしまわないか少し不安だ。なので、无限大人の隣に座る。
「前に乗った舟みたいだね!」
一番前の椅子に座った小黒は、椅子から身を乗り出すようにして、わくわくしながら水面を眺めている。舟は船頭によってゆっくりと動き出す。水面は穏やかで、とても澄んでいた。川の両側は木々が広がっている。水墨画にでも出てきそうな風景がそのまま目の前にあった。遠くの方はけぶっていて、より幻想的に見える。
「あれが芙蓉三崖だ」
右手の方に、切り立った崖が現れた。无限大人が指さしたその雄大な姿に、思わず溜息が零れる。
「こういうところで、大陸の妖精たちは生まれるんですね……」
なんだか、日本の妖精たちとの違いがどこから生じるのかわかったような気がした。この壮大な大地が、彼らを生み、育てている。
「日本にはこういうところはないか?」
「ここまでのところはないんじゃないかな……。なんだか、似てるのに、どこか違いますね。何が違うんだろう……」
はっきり言葉にできないのがもどかしいけれど、確かに違いを感じていた。
「わっ」
舟が揺れて、思わず无限大人にしがみついてしまう。无限大人は、私の手を握り返してくれた。
「そんなに怖がらなくても、ひっくり返ったりしないよ」
「うう、そう思うんですけど……」
どうしても簡素な竹の舟は頼りなく見えてしまう。景色に気を取られて恐怖心が薄れていたけれど、また湧き上がってきてしまった。无限大人の手を離さなくちゃ、と思うのに、手が固まってしまって指が動かない。
「こうしているほうが安心する?」
「はい……すみません……」
「いいよ。こうしていよう」
无限大人は快く私の手を握りなおして、慰めてくれた。恐怖心のどきどきが、恥ずかしさのどきどきと拮抗する。わずかに恐怖心が勝って、无限大人にしがみ付いたまま川を下ることになった。せっかくのシチュエーションなのに、今は喜ぶ余裕もない。无限大人の手はがっしりとしていて、揺るがない。舟は揺れるけれど、无限大人はうまくバランスをとっている。その手に支えられているとだんだん落ち着いてきて、また景色を見られるようになった。せっかく来たのだから、ちゃんと見ておかないともったいない。
舟はゆっくりと川の流れに任せて流れていき、それでも確実に終着地点に向かっていた。景色の美しさと、舟の揺れと、无限大人の体温に頭がくらくらする。舟から降りても、まだ揺れているような心地がした。
「ありがとうございました」
「いや。楽しめた?」
「はい! おかげさまで」
「楽しかったね!」
小黒は元気いっぱいだ。私も歩いているうちに眩暈が収まってきた。川から少し離れたところで、大きな棚田が見られた。黄色や緑の色がまるで絵具を流したように鮮やかに、いくつものブロックに別れて景色を彩っている。水面が空の青をそっくりそのまま映して鮮やかさに目を細めた。
せっかく川で涼んだのに、歩いて帰るころにはじわりと汗をかいていた。けれど、いやな汗じゃない。綺麗な景色をたくさん見られて、心も体も充足していた。
「温州って、いいところですね」
「そうだね!」
「ああ」
「きっと、まだまだ素敵なところがあるんだろうな……」
小黒は呟いた私の手を握って、顔を見上げてきた。
「もっと、いろんなところ、一緒に行こうね」
「……うん、行こうね!」
この約束はきっと守れる。そう思いながら、声に力を込めて答える。无限大人は、微笑み合う私たちをそっと見守っていた。