73.カレーライス

 ふと会いたくなって、勇気を出してこちらから誘ってみよう、ということになった。振り返ってみれば、最初にこちらから声をかけて以来、なんだかんだと誘ってもらっていることが多い気がする。ありがたいことだ。なので、こちらから連絡を取るのは緊張する。忙しいかもしれないし。でも、掛けるだけ掛けてみたい。そう決めて、えいっと通話ボタンを押す。
『小香か。どうした』
 すぐに穏やかな声が聞こえて、それだけで心が蕩けてしまう。
「お忙しいところすみません。そのうち、お食事でもと思って」
『ああ。夜になるが』
「はい!」
 よかった。承諾をもらえた。行く場所と日時を決めて、電話を切る。ぐっと拳を握り締めてから、手帳に予定を書き込んだ。
 そして当日、一日そわそわしながら仕事を終わらせ、約束の店に向かった。无限大人はもう来ていて、二人で並んでお店に入った。何度か来た、日本食の定食屋さんだ。今日は无限大人はカレーを頼んでいた。私はナポリタンにした。料理が届くまで、近況を話し合う。无限大人は相変わらず忙しそうだ。
「最近は、力を使うことはあまりないけどね」
「戦うことが少ないなら、よかったです。怪我をしたら大変だし……あ、无限大人なら怪我をするようなことはないのかな」
「そうだな……。相手に触れることはほとんどないからな」
「やっぱり。本当にお強いんだなぁ」
 実際、どんな風に戦うんだろう。少し見てみたい。霊渓での戦いは模擬戦だったから、実際はもっと違うんだろうな。
 料理が出来上がり、湯気の立つお皿がテーブルに並べられる。さっそくフォークで麺を巻き取り、一口食べた。うん。この味だ。
「君の家で食べたのと、少し味が違うな」
 无限大人はカレーを一口食べて、そんな感想を述べた。
「君の方が好みだ」
 その言い方に、カレーのことだとはわかっていても、どきっとしてしまう。
「あ、ちゃんとこちらの人の口に合うように味付けが変わってますからね。このお店は、日本人向けだから……」
 どきどきしているのを隠すように、早口で答えて誤魔化す。
「私は、こっちの方が食べ慣れています。どっちも好きですけど」
「そうか」
 口に合わないかな、と少し心配したけれど、无限大人は黙々とスプーンを動かす。美味しいかな。よかった。ほっとしながら、自分も食事を続けた。
「教える立場のつもりだったが、君には日本のことをいろいろ教わったね」
「少しですけど」
「日本という国を知って、興味を持ったよ。自分でも少し調べてみるようになった」
「本当ですか? なんだか嬉しいです」
 无限大人が私の出身国について関心を持ってくれるのは少し誇らしい気持ちになる。
「こちらのいいところ、たくさん見に行きましたけど、日本にも、いいところがたくさんあるんですよ。いつか、見てほしいな」
 无限大人が日本にいるところはなんだか想像がつかないけれど、もし実現したら本当に素敵なことだと思う。
「そのときは、君に案内を頼もう」
「……はい! もちろんです!」
 无限大人は微笑んでそう言ってくれるから、私は張り切って頷いた。本当に、日本に来てくれたらいいのに。无限大人に、日本をもっと知ってほしい。私が生まれ育った場所を、見てほしい。そうして、私のことも。
「行くならどこがいいかな。やっぱりまずは京都ですかね。一番日本らしい観光地ですし」
「それもいいが、君の地元に興味があるな」
「えっ……うちの地元ですか。何もないですよ!」
 いちいちどきりとしてしまうのは仕方がないと思う。无限大人の言い方がなんというか、言葉が短い分、勘違いして受け取りやすいというか……。思いあがってしまいそうになる。
「何もないことはないよ。君がいる場所だ」
「そう……でしょうか……」
 そう言って微笑むのは、どういう意味なんだろう。わからなくなる。
 あなたは、私のことをどんなふうに思ってくれていますか。