71.波打ち際と砂場

 たくさん泳いだので、いったん休憩に浜辺に上がる。二人に飲み物を渡すと、二人そろってごくごくといっぱい飲んだ。上向いてペットボトルの中身を飲む无限大人の喉元につい目が行ってしまう。喉仏が上下して、冷たいお茶を流し込んでいく。髪が濡れて、ぺたりと肌に張り付いている。正直に言って、とても色っぽい。こんなの目の毒だ。心臓が破裂しそうなので、小黒の方を見て落ち着くことにする。小黒は座りながら、手元の砂をいじっていたけれど、突然立ち上がってスコップを手に取ると砂を掘り始めた。
「何作るの?」
「たこさんウインナー!」
 以前食べたお弁当を思い出したのだろうか、そう言うので吹き出してしまう。砂で作る定番といえば城だろうけれど、たこさんウインナーは初めて聞いた。小黒が山を作るので、固めるのを手伝う。ぺたぺたと手のひらで押すけれど、湿り気が足りないのかさらさらと崩れてしまう。
「海水汲んでくるね」
 バケツは用意していなかったので、手で汲むことになる。波打ち際まで行き、スカートの裾が濡れるのも構わずしゃがみ、海水を掬う。零さないように気を付けて運び、何回か繰り返すといい感じに砂が固くなった。小黒と二人で作業に夢中になっていると、无限大人はどこかに行ってしまっていた。どこに行ったんだろう、と頭を巡らせると、少し離れたところにポニーテールの後ろ姿が見えた。そばには、数人の水着姿の女の子がいる。何をしてるんだろう。話をしているようで、无限大人はその場から動かない。ちょっと気になる……。はらはらしながら見守っていると、无限大人がこちらを振り返った。そして、身振りでこちらを指さす。女の子たちもこちらを見た。无限大人が手を振るので、振り返す。なんて言ったんだろう。无限大人から女の子たちが離れていって、无限大人はこちらへ戻ってきた。
「何かあったんですか?」
 気になったので聞いてみると、无限大人は小黒の傍にしゃがみながら答えた。
「ジェットスキーをしないかと誘われたが、断った」
「え! 楽しそうじゃないですか」
「小さい子はできないだろう」
「あ、そうですね」
 小黒は私が見ているから、无限大人だけでも参加してくればいいのに、と思ったけれど、あまりその気はなさそうだったので強くは勧めなかった。
 无限大人はざくざくと砂を掘って、小黒が作った山をどんどん大きくする。小黒は笑い声をあげて、立ち上がって砂を叩いて固めた。私も一緒になって砂を掛ける。砂が服に掛かって、ざらざらになってしまったけれど、構わずもっと砂を山盛りにしていく。
「こんなものか」
 无限大人は砂の山が小黒の背丈と同じくらいになってようやく満足したように額の汗をぬぐった。小黒はもう立ち上がって、砂の山に顔を描く。足元はちゃんと足が八本ついている。
「こんなおっきいたこさんウインナー食べたい!」
「あはは、食べたいね!」
 出来上がった作品を背景に、三人でセルフタイマーを駆使し写真を撮った。全身砂だらけになったので、また海に行って浅瀬で砂を落とす。
「顔に砂がついているよ」
 そう言って无限大人が手を伸ばしてくる。
「あっ、待ってください、塩水でべたべたになっちゃいます……!」
 慌てて避けると、声を上げて笑われてしまった。海水で手を洗ったのは私も同じなので、結局べたついた手で顔についた砂を落とす。髪にもついてしまっていそうだ。そのとき、他の観光客が勢いよく近くに飛び込んできて、水飛沫を被ってしまった。
 小黒がきゃっきゃと笑い声をあげる。
「あーあ、小香も濡れちゃった!」
「もう、びしょびしょ!」
「はは、すぐ乾くよ」
 无限大人がタオルを持ってきてくれる。これだけ暖かければ、濡れても気にならない。二人はシャワーを浴びに行って、その間に私は片づけをする。シートについた砂を払ってビニール袋に入れ、巨大たこさんウインナーと別れを惜しんだ。