68.困ったお誘い

「それで、僕たちは考えましてね……」
 館の食堂で、お茶を飲みながら最近親しくなった妖精と世間話をしていた。彼、朝陽さんは人になれないため館で暮らしている。もう数年になるそうだ。折れた耳と犬のように伸びた鼻が特徴だ。
「こうすればいいんじゃないかと」
「確かに、その方がずっといいですね」
「でしょう! やっぱり小香ならわかってくれると思った」
 朝陽さんは嬉しそうに言ってお茶を飲んだ。人懐っこい性格で、お客様と職員というよりは、友達のように親しくしてくれている。
「この話を、小香に聞いてほしいと思ってたんです。同意してくれて嬉しいな」
 そういう彼の耳は感情に合せてぴこぴこと動いている。犬に似ているせいか、彼を見ているとかわいい、という感情が湧き上がってきてしまう。彼は私よりずっと年上の妖精だから、そう思うのは失礼だと思うけれど。
「ね、小香。今度僕の部屋に来てくれませんか?」
「え?」
 やや唐突なお願いと、茶杯を持っていた手をぎゅっと握られて、面食らう。
「もっといろんなことを話したいんです。あなたと」
「それは私も参加してもいいか」
「え!?」
 突然後ろから声を掛けられて、びっくりする。振り返ると、なぜか无限大人が立っていた。无限大人は私ではなく、朝陽さんの方を見ていた。
「あ、これは、无限大人……」
「君の部屋に行くんだろう」
「ええっと、その……」
 朝陽さんはそっと私から手を離して、もごもごと言葉を濁す。さすがに、仲良くなったとはいえ男性の部屋に上がるほどは親しくない。正直、无限大人が割って入ってくれてほっとしてしまった。朝陽さんに悪気はないんだろうけれど、だからこそ断りにくいとも思っていたし。
「无限大人にあがっていただくような場所ではないですから……へへ、すみません……」
 それじゃ、小香、と言って朝陽さんは立ち上がり、去って行ってしまった。少し悪いことをしたかな、と思い、また、と慌てて声を掛ける。朝陽さんは大きく手を振って、行ってしまった。
「无限大人、びっくりしました」
「……行くつもりだったのか?」
 朝陽さんがいなくなった椅子に座りながら、无限大人は低い声で問う。
「あ、いえ、さすがにお邪魔するのはどうかと思って……お断りしようと思っていました」
「そうか」
 无限大人が頷いてくれたので、間違っていなかったと安心する。
「でも、断りづらかったので……ありがとうございました」
「いや」
「あ、でも、无限大人は朝陽さんとお話されたかったのでは?」
 无限大人はそもそも参加しようと言っていたはず。でも、朝陽さんの方が恐縮してしまっていた。朝陽さんは、无限大人のこと嫌ってはいなかったはずだけれど。无限大人は小さく息を吐いた。
「必要なら、話をするよ」
「? そうですね……?」
 无限大人の言葉は曖昧で、どっちつかずだった。話す必要が、今回はそれほどなかったのかな?
「朝陽さんもそうですけど、こちらに来て、いろんな妖精さんたちと仲良くなれて、よかったです」
 こうしてお茶を飲む仲になった妖精は数人いる。深緑さんもその一人だ。
「そうか……」
 无限大人は渋い顔をしていた。何か変なことを言ったかな……。
「さっきのようなことが、よくあるとなると……」
「さっきの?」
「いや」
 无限大人ははっきり言わず、言葉を濁した。なんだろう。妖精たちと仲良くしたら、何かまずかったかな。いいことだと、思うんだけど……。
「たくさん、知り合いができて嬉しいです。帰るとき、寂しくなっちゃうな……」
 お茶を飲みながら、こそっと呟く。一度帰っても、また、会いに来れたらいいな。
 无限大人は何も答えなかった。