无限大人は小黒を私のベッドに寝かせる。小黒はぐっすりで、全然起きなかった。そっと扉を閉めて、リビングに戻る。无限大人が椅子に座った後、私はそわそわしてしまって、お湯を沸かすことにした。
「お茶、飲みますか?」
「ああ。頼む」
お水をやかんに入れて火にかける。ゆっくりやったけれどすぐに終わってしまったので、椅子に座らなければならなくなる。二人っきりになってしまって、意識しないなんて無理だった。
「カレーって、子供のころ、林間学校で作ったりして……」
なので、思いつくままに口を開く。
「林間学校?」
「はい。学校行事なんですけど、みんなでお泊りにいって、キャンプするんです」
どんなことをしたのか思い出しながら、无限大人に聞いてもらう。
「お米からご飯を炊いて、薪で火を熾して、意外とちゃんと作れるもので、そうやって頑張って作ったせいか、すごく美味しかったです」
「楽しそうな行事だ」
「无限大人は、子供のころの思い出とか、ありますか……?」
「……そうだな」
无限大人の時代には、もちろん学校なんてないだろう。どんな暮らしをしてたのか、想像するのが難しい。
「火を熾すのも、仕事のうちだったのだが、どうもいい加減にできなくてな」
「なるほど……」
そんな昔から、火の扱いが……あれだったんだ。料理をするのに火加減は重要だし、それなら、うまくいかないのも納得してしまう。
「当時はガスコンロなんてないですもんね。余計大変だったでしょう」
「ああ。今は便利になったな。お湯を沸かすのも電気でできるから」
そう話していたところ、ちょうどお湯が沸いた。火を止めて、茶こし付きのマグカップに注ぐ。茶壺を使うより手軽で便利だ。
「小黒と、ずっとホテル暮らしなんですか?」
「うん。任務であちこち行くことが多いからね。なかなか一か所に留まれなくて」
「ホテル暮らしだったら、掃除とかしなくていいからいいですね」
「はは。そうだな」
「いろんなところに行けるの、楽しそうです」
「あちこちに行ったな。最近は、龍遊にいることが多くなったが」
「そうなんですか?」
「館長とは長い付き合いだしね。小黒も知り合いが多いから。それに、君もいる」
「えっ……」
思いがけずそう言われて、胸が高鳴る。期待してしまいそうになるから、そんな風に微笑まないで欲しいのに。
「あの、来たのが、龍遊のこの館で、よかったです。……无限大人とも、小黒とも、出会えましたから……」
无限大人の笑みが深くなる。どうしよう。どきどきして、お茶も飲めない。
「うん。来てくれたのが君で、よかった」
こんなに聞けて嬉しいと思った言葉はなかった。目頭が熱くなって、鼻の奥がつんとする。気を抜くと、涙が零れてしまいそうだった。
「では、そろそろお暇するよ」
お茶を飲み終わって、无限大人が立ち上がる。小黒はまだ寝ているから、无限大人はそっと背中におぶった。私も立ち上がって、玄関の戸を開ける。
「カレー、ご馳走様。では、また」
「はい。また。お気をつけて」
小黒をおぶった无限大人の姿が見えなくなるまで見送って、そっと涙を拭う。胸がいっぱいで、ぽろぽろと涙が零れていく。もう、こんなに好きだ。一人になったリビングで、无限大人の使ったカップを洗って片付ける。部屋のあちこちから、残された彼の気配を感じてしまう。
「无限大人……」
このまま、何も伝えないように、想いを隠しながら会うことなんてできるだろうか。いっそ、伝えてしまおうか。たとえ、叶わないとしても。そう思いつめてしまうくらい、想いが高まって収まらない。お風呂に入って、ベッドに潜っても、ずっと想いを持て余して、なかなか寝付けなかった。