「无限大人~!」
館を歩いていると、女性たちの黄色い声が聞こえてきて、足を止めた。入口の方で、人だかりができている。よく見えないけれど、あの中心にきっと无限大人がいるんだろう。妖精たちの中には深緑さんのように、无限大人をよく思っていない妖精もいるけれど、あんな風に、无限大人を慕っている妖精もたくさんいる。ひっきりなしに誰かが无限大人に話しかけているのが聞こえてきた。大人気だ。なんとか顔だけでも見えないかと思ったけれど、まるで隙間がなかった。あそこに割って入るのは無理だと早々に諦めて、もともとの予定――食堂に寄ってお茶を飲んでから職場に戻ることにした。
「小香」
一人でお茶を飲んでいると、声を掛けられて驚いた。
「无限大人?」
彼は一人で、お茶を片手にこちらに近づいてくる。
「座ってもいいか?」
「はい、どうぞ」
失礼する、といって前の椅子に腰かけ、お茶を机に置いた。
「よかったんですか? こっちに来て……」
「うん?」
「さっき、見ましたよ。たくさん妖精たちに囲まれてましたね」
「ああ」
无限大人は少し疲れた顔をした。
「いいんだ。早めに抜けないと、どれだけかかるかわからないから」
「ふふ。モテモテですね」
「そうでもないが……」
无限大人は渋い顔でお茶を飲む。テンションの高い妖精たちに囲まれるのはあまり得意ではないみたい。
「若水姐姐も无限大人のことが大好きですし。小黒もそうだし、无限大人のこと、大好きな人はたくさんいます」
「そうなら、ありがたいことだ」
私もそうです、という言葉はお茶と一緒に飲み込む。下手に口に出したら、どこまで気持ちが溢れてしまうかわからない。
「私も、君の名前を聞くことがあるよ」
「え?」
思ってもみなかったことを言われて、きょとんとしてしまう。
「妖精たちの中でも、君に助けられたものが大勢いる」
「そんな……たいしたことはしてないです」
それこそ、无限大人の方がずっとすごい。私は、ちょっとだけ暮らしやすいように手助けをすることぐらいしかできない。
「深緑の方はどうだ?」
「それが……。なかなか決まらないんです。話を聞いてると、どうやら場所がどうというよりも、新しい場所に行くのを恐れているというか、馴染めるかどうか、不安が強いみたいで」
「そうか……」
どこを勧めても、彼女は何かしら不満点を見つけて首を振る。よくよく話を聞いてみれば、いままでずっとひとつの場所に住んでいたから、まったく環境が変わってしまうことが怖いのだそうだ。それは、そうだろう。私も、日本からこちらに来るまで、不安が強かった。うまくやっていけるか、何か問題が起こったらどうすればいいか。彼女は特に、頼れるものが自分以外いないと思っているから、余計に不安だろう。
「もう少し、館を信頼してもらえるといいんですけど。私が力不足だから……」
「いや。君はよくやっているよ。こればかりはすぐには難しい。時間をかけていくしかないだろう」
「そうですね……」
もっと、館のいいところを知ってもらって、一人ではないことに気付いてもらえればいい。
「私も、同僚や楊さん、館のみんなに助けてもらって、无限大人にも手伝っていただいて……、一人じゃないから頑張れていますから」
无限大人には、何度も励ましてもらった。だから、諦めずに深緑さんとも向き合えた。
「无限大人のように強くなりたいと言った時、私には私の強さがあると言ってもらえました。ずっと、胸に残ってるんです。これからも、何かあった時にはきっと思い出して、何度でも力をもらうと思います」
胸に手を置いて、无限大人を見つめる。无限大人もその視線を受け止めて、微笑んでくれた。
「君の力になれるなら、嬉しいよ」
とくん、と鼓動が鳴る。目が離せない。彼の瞳は、どこまでも優しい。このまま、心をすべて吸い込まれてしまえたら。