翌日は休日だったので、小黒と一緒にアパートで无限大人のお迎えを待つことにした。无限大人はお昼ごろに訪ねて来た。
「師父!」
インターホンが鳴ったので、小黒が玄関に飛び出していく。小黒はそのまま无限大人に抱き着いた。
「おかえりなさい!」
「ただいま。遅くなってすまない」
「お疲れ様です」
私が声を掛けると、小黒はちょっと照れくさそうにして无限大人の腕から下りた。
「ありがとう、この子を見ていてくれて」
「いえ。楽しかったですよ。ね、小黒」
「うん! 小香とごはん一緒に作ったんだよ!」
「そうか」
小黒の偽りのない笑顔に、无限大人も目を和ませる。そして、袋を私に差し出した。
「これは、土産だ。ヤクの肉」
「ヤク?」
「雲南省に行っていたんだ」
无限大人からお土産をありがたく頂戴する。ヤクの肉って、どんな調理をするんだろう。あとで調べよう。
「美しい土地だよ。君にも見てほしい」
「麗江とかがあるところですよね。いつか行きたいです」
ここからだと遠いからちょっとすぐには難しいかも。
そのとき、小黒のお腹がぐうと鳴る。ちょうどお昼の時間だ。
「小香、お昼ご飯なに?」
「あ、パスタ作ろうと思ってたけど……」
小黒はここで食べていくつもりらしい。全然考えてなかった。无限大人に部屋に上がってもらうってことになるなんて……。
「えっと、よかったら食べていきますか?」
「いや、私は……」
「食べてこうよ、師父!」
小黒が无限大人の手を引っ張って中に入れようとする。私はぜひあがってくださいと伝えて、キッチンに向かう。无限大人は小黒に案内されて部屋に上がり、リビングに座った。エプロンをしつつ、そわそわしてしまう。部屋、散らかってなかったかな。服はちゃんとしまってあるし……。手早くパスタを作って、三人分のお皿に盛る。
「お待たせしました」
「ぼくフォーク持ってくる!」
小黒が慣れた様子で引き出しを開け、フォークを人数分用意してくれる。无限大人の視線がなんとなくこっちに向けられているような。
「ペペロンチーノ、苦手ですか?」
「いや」
无限大人は微笑を浮かべていたので何か機嫌を損ねたわけではないと思う。私もエプロンを外し、テーブルについた。
「ぼくね、おにぎり作れるんだよ!」
小黒はパスタを食べながら、うちに泊っている間のことを无限大人に楽しそうに話し始めた。
「ねえ、今日も泊ったらだめ?」
ひとしきり話した後、小黒がこちらを伺いながら訊ねた。そんなにお泊りが気に入ったのかな。
「師父も泊ったらいいよ」
と思ったらとんでもないことを言い出すので危うくお茶を吹き出すところだった。
「しゃ、小黒、それは……!」
「それはだめだ」
私がわたわたしている間に、无限大人が真面目な顔で小黒を諭した。
「お前はいいが、私が泊るわけにはいかない」
「どうして?」
「女性の一人暮らしに、男が押し掛けるのはよくないことなんだ」
当たり前の常識を、小黒にわかるように无限大人は言う。なんだかいたたまれない気持ちになってくる。気にしないようにしていたのに、无限大人が自分の部屋にいることがとても気になってきた。
小黒はあまりよくわかってないようだけれど、しぶしぶ頷いた。パスタを食べ終わって、二人は帰っていった。食器を片付けて、一人リビングに座って、ふと気付く。写真、飾ったままだった。三人で映っているものだけならいいけれど、无限大人一人のものもある。気付かれていないといいけれど……。
さっきまで无限大人がこの椅子に座っていた。頬が熱くて、ぜんぜん冷めない。