51.お泊り

 館を歩いていると、欄干の上に座る小黒の後ろ姿が見えた。
「小黒。何やってるの?」
「あ、小香」
 小黒はぱっとこちらを振り向くけれど、なんだか元気がないように見える。
「どうかした?」
「今、師父任務に行ってるんだ」
「そっか。小黒、今一人なの?」
 うん、と小黒は俯く。足をふらふらさせて、水面に映る影を面白くもなさそうに眺めている。
「昨日からなんだけど。早くて一週間、もしかしたらもっとかかるかもしれないんだって」
「そんなに……」
 この前、无限大人が小黒のことを案じていたことを思い出す。こんな顔を実際に見ていたら、一人置いていくのはとても辛いだろう。館に知り合いがいるはずだけど、今は誰も手が空いていないのか、ずっと一人でいたのかもしれない。
「夜はどうしてるの?」
「館の部屋用意してくれてるから、そこで寝るよ」
「ひとり?」
「うん」
 せめて、少しでも何かできればと思って、思い浮かんだことを口にする。
「じゃあ、うちにくる?」
「いいの?」
 小黒の緑の瞳がくるりと私に向けられる。期待の籠った目。
「館の人と、无限大人がいいって言ってくれたらだけど」
「言ってくれるよ! 師父に聞いてみる!」
 小黒が乗り気なので、端末を取り出し、无限大人に連絡することにした。もしかしたら、今忙しいかもしれない。メッセージの方がよかったかな、と悩みながらも発信する。数回コール音が鳴って、電話がつながった。
『どうした?』
「あ、お忙しいところすみません。今、小黒と一緒にいるんですけど」
 夜、うちに泊めてもいいかと確認すると、无限大人は遠慮がちに答えた。
『迷惑ではないか?』
「そんなことないです。むしろ小黒が来てくれたら賑やかで楽しいですよ」
『そうか。では、頼む』
 小黒に代わってくれ、と言われたので小黒に端末を渡す。
「師父! うん。うん。迷惑かけないよ! だいじょうぶ!」
 いろいろと注意をされたみたいで、小黒は笑いながら頷く。さっきまでの寂しそうな表情が隠れて、元気な笑顔だ。声をかけてよかった。
「じゃあ、もうちょっと仕事があるから、終わったら迎えにくるね」
「うん!」
 小黒といったん別れて仕事をこなし、定時までじりじりしながら作業量を見て、なんとか残業なく終わり、雨桐に挨拶もそこそこに小黒を迎えに走った。小黒はさっきより明るい表情で私のことを待っていてくれた。
「帰りに買い物寄ってくんだけど、いい?」
「うん、いいよ!」
 その夜は、小黒のリクエストでこの前のお弁当のようなメニューを作ることになった。からあげと卵焼きにスープとサラダを足して、それらしくする。ご飯はおにぎりがいいというので、一緒に握ることにした。
「ちょっと熱いから気を付けてね」
「へいき!」
 小黒は小さな手からごはんつぶをぽろぽろ零しながら、ぎゅむぎゅむと握る。
「こう?」
「そうそう。いい感じ」
「へへ、できた!」
 握ったおにぎりに海苔を巻いて完成だ。さっそく自分で握ったおにぎりを食べて、満足そうに笑う。
「ぼく、師父より料理上手かも」
「ふふふ」
 それにしても、无限大人の料理下手って、どれくらいのレベルなんだろう。ちょっと気になる……。
 お風呂に入るのがひと悶着だった。小黒はお風呂嫌いらしい。元が猫だからなのか、どうなのか。でもなんとか入ってもらって、寝る仕度をした。思った通り、賑やかな夜だった。