「君のところは、家族仲がいいんだな」
いろいろと笑い話を思い出していたら、家族の話が多くなった。それを聞いていた无限大人は、そんなふうに言ってくれる。
「そうですね。ごく普通の家庭でしたけど……。両親とも兄弟とも、仲がよかったです」
「君が長女だというのは頷けるな」
「そう見えますか?」
「うん」
どう見えてるんだろう。无限大人はグラスの縁をなぞりながら、兄弟が多いのは楽しそうだと言った。
「小黒には、寂しい思いをさせてしまっているかもしれない」
无限大人は自然と小黒のことを連想したようで、ぽつりとそう零す。
「今日は、若水たちと遊んでいるんだが。彼らも同じ執行人だから、あまり頼るわけにもいかない」
「霊渓のときも、小黒はお留守番でしたものね……」
今は若水姐姐が一緒にいてくれていると知って、少しほっとした。
「できる限り一緒にいてやりたいと思っているが、なかなかそうもいかないんだ」
「无限大人はお忙しいですもん。仕方がないですよ」
きっと小黒もそれはよくわかっているだろう。でも、だからといって寂しいのには変わりない。まだ、あんなに小さいのだから。
「あの子は賢いし、強いが、やはり小さな人間の子と変わらないのだろうね。子育てしていたときのことを思い出すよ」
「子育て……ですか?」
「ああ。昔のことだが」
思わず聞き返してしまい、思考が停止する。无限大人に子供がいたってことだろうか。无限大人に出会ったばかりのころ、小黒を実子だと勘違いして、既婚であることにショックを受けた感情が蘇った。今は違っても、かつて結婚していて、家庭を持っていたことがある……?
それは、当然ありうることだ。无限大人が若かったころは特に、そういう時代だろう。以前よりも、ショックは少なかった。无限大人のことを知ったからかもしれない。小黒に接する態度を見れば、子供に慣れている仕草も感じられていた。
「小黒にとっては、きっと无限大人は師匠であり、父親でもあるんでしょうね」
だからごく自然とそんな言葉が出た。
「そう思ってくれているだろうか」
无限大人はちょっと笑って、水を飲む。もう、デザートも食べ終わってしまった。そろそろ店を出る時間だ。
空はまだ明るい。でも、无限大人はまたアパートまで送ってくれた。
「今度は、小黒と三人でどこかに行かないか」
「はい、ぜひ」
「行きたいところはある?」
「そうですね……いろんなところに、行きたいです」
少し欲張ったことを言ってしまった。でも、无限大人は行こう、と笑ってくれる。もう少しわがままを言っても許されるのかな、と思ってしまう、優しい声。
「私も考えておこう。君に見てほしい場所を」
「お願いします」
アパートについて、无限大人にお礼を言い、お別れして、家に入る。ドアの鍵を掛けて靴を脱ぎ、鞄を下ろして、ぼんやりと座り込んだ。
「結婚……してたんだぁ」
ショック、というのとは少し違うけれど、やっぱり、ある種の衝撃のようなものはある。なんとなく、そういうものとは離れたところにいるように感じていた。でも、過去に、一人の女性と共にいて、子供を設けたことがあるのだと知ると、込み上げるものがあった。
嫉妬心だろうか。それもどうしてもあるけれど。それだけじゃなくて。そういう、普通の人間の営みを、あの人もしていたのだと思うと不思議な気持ちになった。今は、どうなんだろう。小黒がいるし、忙しいから、そういうことは二の次なのかもしれないけれど、誰かを、女性を、愛することはあるんだろうか。
无限大人は、そういうことから縁遠いような印象を持っていた。だから驚いたのかもしれない。昔のことだといっていた。どれくらいの間、一人でいたんだろう。小黒と出会うまで? 无限大人のことを慕っている人は館にもたくさんいる。そういう人と、親しくなることはなかったのだろうか。
詮無いことを考えている。でも、考えずにはいられない。
彼の奥さんは、いったいどんな人だったんだろう。
会って、話してみたいな、そう思った。