22.知りたいこと

「今度ね、ぼくたち蘇州へ行くんだよ」
 デザートのアイスをつつきながら、小黒が言った。
「蘇州? 東洋の水の都って呼ばれてるところだね。いいな。私もいつか行きたいと思ってるの」
 蘇州は二千五百年の歴史を持ち、古い街並みが残っている古都だ。最も河と橋が多い街と言われている。風光明媚な風景が溢れていて、ゆったりとした時間を過ごせそうな場所だ。
「なら、君も来るか」
「え?」
「あ! いいね。小香も行こうよ!」
「えっ?」
 无限大人が何気なくそう言い、小黒も反対するどころか賛成してくれて、私は戸惑う。
「でも、お邪魔じゃありませんか」
 誘ってもらえてとても嬉しいけれど、不安も多かった。社交辞令とは思わないけれど、本当にいいんだろうか。私なんかが同行して。
「任務ではないから問題ないよ。小黒も遊び相手が多い方が嬉しいだろう」
「うん! 小香が来てくれたらぼく嬉しい!」
「小黒……」
 心から素直にそう言われてしまって、喜ばないはずがない。二人と古都を歩く。それは想像しただけで心ときめく素敵な光景だった。
「じゃあ……。ご一緒させてもらおうかな……」
 どきどきしながらそう答える。それから日程を決めて、話はとんとん拍子に進んでいった。
「蘇州も楽しみだけど、二人と一緒に出掛けるのがすごく楽しみです」
「ぼくも!」
 小黒と一緒に笑い合う。无限大人も微笑みを浮かべていた。歓迎されている。そう思えると心がとても暖かいもので満たされた。
 デザートを食べ終わり、店を出る。まだ寒さは続いていて、日の落ちるのも早い時期だ。薄暗い空を見てから、无限大人は私を振り返った。
「今日も送って行こう」
「お手間をかけてすみません」
「ぼくも小香とまだ話したいからいいんだよ!」
 小黒はそう言うと、私の手を掴んで歩き出した。无限大人は小黒とは反対側に立ち、私は二人に挟まれて歩く格好になった。
「ねえ、今日のお店、また来ようね。オムライスも食べたいし、カレーも食べてみたい!」
「うん。行こうね」
「他にも、美味しい和食ってあるの?」
「たくさんあるよ」
「やったあ! ぼく全部食べる!」
「ふふ。和食気に入ってもらえてよかった」
「へへ! ぼく、日本って国のこと全然知らなかったけど、小香見てると、きっといいところなんだなって思うよ」
「それは嬉しいな。とっても素敵な国だから」
 小黒は私を通して日本のことを知っていくんだと思うと、責任を感じる。ちゃんと、素敵なところを伝えていけたらいいな。
「中国のことも、もっと知りたいな。日本より長い歴史があるものね」
「よければ、私が教えようか」
「本当ですか?」
 物静かに私たちの話を聞いていた无限大人が、口を開いた。
「小黒も一緒に聞くといい」
「えー……勉強はいいよ……」
 小黒はうんざりした顔をする。師父に教わるのが弟子なのでは、と思うけれど、その素直さに笑みが浮かんだ。
「ここ四百年くらいのことなら、特に詳しく教えられるよ」
 彼のその何気ない言葉の重みを改めて感じる。本人が直接長寿であることを口にしたのはこれが初めてで、本当にこの人は私の何倍も生きてきた人なのだと実感した。ずっと、人間と妖精の関りを見つめて来た人が、こんなにも穏やかな瞳をしていることに、不思議な感動を覚える。きっと、辛いことや苦しいことだってたくさんあったはずなのに。なんて澄んだ瞳だろう。彼に歴史を教えてもらうということは、彼が見て来た時代を語ってもらうということになる。
 そう思うと、とても貴重なことに感じた。