21.定食屋さん

 待ち合わせ場所について、端末を確認し、鞄に仕舞う。顔を上げると、ちょうど人波の中にこちらへ向かってくる二人の姿が見えた。
 ロングコートの裾を翻しながら、足元をちょこちょこと歩く小黒の手を引き、誰かにぶつからないように気遣う様子に胸の奥がきゅんと疼く。師弟という関係がどういうものか、詳しくは知らないけれど、単なる教師と教え子というものよりは深い繋がりのように見える。かといって、親子みたいだとだけ言ってしまうのも違うのかもしれない。
 无限大人が私に気付いて、小黒の手を軽く引く。小黒は顔を上げて私を見付けると、ぱっと笑顔になった。
 二人と合流してお店まで案内する。細い路地裏の奥にあるその店は、大きな看板も出していないのでぱっと見はお店に見えず、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。
「小さいお店だね」
 小黒は思ったままのことを口に出す。中には数人お客さんがいて、私たちが入ったらそれでほぼ満席になってしまった。
「純和風とは違うんですけど、定食屋さんというか、よく食べていたメニューが揃ってるから、恋しくなったときにここに来るんです」
「オムライスにハンバーグ、カレーか」
 メニューには写真が載っていて、无限大人が眺めていると横から小黒が身を乗り出して覗き込んで来たので、メニューを傾けて見やすいようにしていた。
「ハンバーグってなに?」
「お肉を丸めて焼いて、ソースをかけたものだよ」
「お肉! ぼくこれにする!」
 小黒はお肉と聞いて目を輝かせた。
「私もそれにしよう」
 无限大人もそそられたらしい。私はオムライスを頼んで、お冷を飲んだ。こちらでは暖かいお茶が出てくるのが普通なので、冷たいお水を飲むだけで向こうの雰囲気を思い出してしまう。本当にいいお店を見つけられたな、と思いながら店内を見渡す。内装も、いかにもありそうな個人経営の定食屋さんだ。
 食事を運んできたのはふくよかな奥さんで、旦那さんと二人で切り盛りしているそうだ。
「いただきまーす!」
 小黒はさっそくハンバーグを口いっぱいに頬張る。途端に目をきらきらさせて、もぐもぐと咀嚼しながら嬉しそうに笑った。よかった、気に入ってもらえたみたい。
「ねえ、オムライスはどんな味なの?」
 半分ほど進んだところでこちらに興味が湧いてきたらしい小黒に、私は一口スプーンで掬う。
「味見してみて。はい、あーん」
「あーん!」
 小黒は素直にスプーンをぱくりと食べて、卵とガーリックライスを楽しんだ。ふと、隣の无限大人の視線に気付いて、にやりとする。
「師父も食べさせてもらいたい?」
「いや、私は」
「うらやましいんだ」
 にやにやしている小黒に、无限大人はちょっと眉を寄せる。
「そういうわけではないが」
「しゃ、小黒ったら! へんなこと言わないで。无限大人がこんなことするわけないでしょう! それにこんなこと无限大人にはできないし!! 絶対!!」
「……そこまで言わなくても」
「えっ」
「小黒はいいのか?」
「だっ……だって小黒は子供ですよ……」
「む……」
 无限大人はじっと私を見て謎の沈黙を落とす。え、何、どういうこと、これは、え?
 混乱の極致に達しそうなとき、无限大人の視線がオムライスに向いていることに気付いて、まさか、と硬直する。
 いや、そうじゃなくて、単に食べてみたいだけだきっと。
「ひ、一口……どうぞ」
「いいのか」
 ちょっとお皿を彼の方へ押すと、彼の目がきらりとした。すぐにフォークで一口分取って、食べる。
「うん。美味い」
 そんなに食べてみたかったのかな……。話が変な方向に行きそうになってひやひやしたけれど、うまく収まったみたい。まさか、无限大人にあーんするなんて。……そんなこと…………できるわけ……。………………。
 無理。