12.ツーショット

 待ち望んでいた連絡が来て、さっそく日取りを決め、店を予約した。選んだのは寿司屋だ。日本人の店主がやっているお店で、以前食べに来てみたところ日本で出てくるお寿司そのままでとても美味しかった。和食と言えば、やっぱりまずは寿司かなと思う。喜んでくれるといいなと期待を込めながら、待ち合わせ場所に向かった。
 今日は彼の方が先に来ていた。時間には間に合っているけれど、待たせてしまったかも、と急いで駆け寄る。彼は私に気付いて、笑みを浮かべた。
「すみません、遅くなって」
「いや。ちょうど来たところだよ」
 気を使ってか、そんな風に言ってくれる。私は息を整えながら、こっちです、と案内した。ビルの中に入り、四階に上がる。店内には、見慣れた日本語が書かれていて、客にも日本人が何人かいる。けれど、現地の人もそれなりに来ているようで、中国語も聞こえて来た。カウンター席が空いていたので、そこに並んで座る。顔は見えないけれど、距離が近い。
「何か、食べたいものはありますか?」
 メニューには日本語の下に中国語が併記されている。彼は一通りそれを眺めて、私に渡した。
「選んでくれるか」
「わかりました」
 握りの十二貫セットがあったので、とりあえずこれをひとつ頼もうと店員を呼ぶと、彼は二セット頼む、と告げた。一人で食べるには少し多いかもしれない、と不安になる。でも彼にとってはちょうどいい量なのかも。
「こちらに来て、どれくらいになる?」
「そろそろ四か月になります」
「なら、結構慣れたか」
「それなりには。でもやっぱり、たまに和食が食べたくなりますね」
「家では料理を?」
「はい。実家から食材を送ってもらったり、通販したり」
「会館に住んでいるのか?」
「いえ、市内のアパートです」
 そんな会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
「中にわさびがあるので、注意してください」
 さっそく箸をつけようとする彼に念のため教える。人によっては、わさびが苦手なこともあるし。彼は頷いて、そのまま口に入れた。一口でぱくりと口に入れ、咀嚼する。どうだろう、とどきどきしながら様子を見ていると、飲み込んだあと彼は微かに笑みを浮かべた。
「うん。美味いな」
 そのまま二つ目に行こうとして、私が寿司を小皿に出した醤油に付けているのに気付き、真似をして食べた。
「なるほど。この方がより美味い」
「でしょう?」
 黙々と食べる姿が本当に美味しいと思ってくれていると感じられて、嬉しくなった。ふと端末に通知が来たので確認すると、若水ちゃんからだった。それを見て、やらなければならないことに気付く。
「あの、无限大人」
「なんだ?」
「あの、不躾ながら、お願いしたいことがあるんですけど……!」
 端末を構えて力む私を見て、彼は目を丸くする。そして、箸を置いてこちらに少し身体を向けて、改まった様子でまっすぐ私を見つめた。
「私にできることなら」
「ありがとうございます! 写真、撮ってもいいでしょうか……!」
「ん、ああ」
 覚悟を決めて許可を求める私に、彼はいささか拍子抜けしたような、気の抜けた返事をした。私はいっぱいいっぱいだったためそれに気付かず、許可が取れたことに嬉しくなってぱっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ……」
 カメラモードにするのに手間取っていると、す、と彼が近づく気配がした。どきりとして思わず身体を離し、椅子から落ちそうになった。
「大丈夫か」
「いえっ、はい!」
「撮るんだろう?」
「はい、撮ります……!」
 と答えながらカメラを構えようとすると、やはり彼の身体が近づいてくる。これは。どういうこと? もしかして、ツーショットを撮るということ?
 インカメラにしておそるおそる構えると、ふたりが並んで画角に入れるように彼が身を寄せてきた。肩が触れて、どきりとして端末を取り落としそうになった。
 手が震えてなかなかシャッターが切れず手こずったけれど、なんとか一枚綺麗に撮って、ぼけていないか確認する。画面には確かに緊張気味の私と彼が映っていた。
「若水ちゃんに言われてたんです。无限大人と会ったら、写真を送ってほしいって」
「あの子はよく写真を撮っているね」
 彼は特に気にした風もなくお茶を啜っている。私ばかりがどきどきしている。汗までかいてきた。写真は後で若水ちゃんに送ることにして、私も心を落ち着けようとお茶を飲む。口に含んだ瞬間熱さにむせた。
 最初はそれなりに話せていた気がするのに。どうしよう。
 何を話せばいいのかわからなくなっちゃった。