館を出て街に降りるのはまだ慣れない。日本と似ているけれど、どこか違う風景。聞こえてくる耳慣れない言語。そこで一人で立っていると、少し心細くなってくる。思い切ってこちらに来ようと決めたのは、海外の職場に興味があったこともあるけれど、こちらに住む妖精が日本の妖精とどう違うのか知りたかったのが一番かもしれない。住む場所が違えば使う言葉や生活様式が変わってくる。けれど、妖精らしさというのか、そういう根本的なところは日本と変わらないのかな、と感じた。妖精は人間とは違って、一人一人姿が異なる。日本では妖怪なんて呼ばれたりもする。人の姿に似せることはできるけれど、本質的には違う存在。その存在と触れ合えることはいつも新鮮で、驚きに満ちていて、だから私は彼らのことを好ましく思っているのかもしれない。
「待たせた」
ふと頭上から声がして、思ったより近くに无限大人がいて驚いた。時計を見れば、待ち合わせの一分前だった。
「いえ、ぜんぜん」
カジュアルな衣装は現代的だけれど、その髪型のせいなのか、彼の持つ独特の雰囲気がそうさせるのか、どこか人ごみから浮いている。そう見えるのは、私が彼を特別に感じているからだけではないと思う。
「ここからすぐの場所なんです」
緊張しながら、一歩先に歩き出す。彼がすぐ後からついてくるのを意識すると、なんだか不思議な気持ちがこみ上げて来た。いまからこんなに高揚していて、ちゃんと食事ができるか心配になった。
とにかく、変なことはしないように。
すでに暗く、街灯や店先の電灯が明るく街を照らしている。目的の店の看板を見逃さないように、首を伸ばして、店をひとつずつ確認する。
「あ、あれです。白鹿」
扉を開けて中に入ると、すでに人でいっぱいだった。店員に声を掛けて、予約していた席に案内してもらう。賑やかで、いい雰囲気の店内だ。
「メニュー、たくさんありますね」
まだまだ馴染みのない食べ物がたくさんで、どれを食べていいか悩んでしまう。
「无限大人のお好きなもの、あればいいんですけど」
助けてもらったお礼として食事に誘ったので、ここは彼に満足してもらうことが第一だ。
「糖醋排骨にしよう」
「じゃあ、私も同じものを」
彼はすぐに食べるものを決めたので、私もそれにならうことにした。テーブルにあるQRコードを端末で読み取り、メニューを注文する。料理が運ばれてくるのを待つ間、何を話そうかと考える。無限様のお話を聞きたい。何を聞いたらいいだろう。
「今日は、小黒は?」
「友達のところに行っているよ」
「そうなんですね」
一人でお留守番、ということはないと思っていたけれど、ほっとした。
「今夜も、ホテルなんですか?」
「ああ」
「やっぱり、任務であちこちいらっしゃるから、その方が便利なんでしょうか」
「そうだな。最近だと西の方に行っていた」
彼は簡単に任務のことを話してくれた。執行人がどんな任務をしているのか詳しくは知らなかったので、とても興味深く聞いた。
言葉少なだけれど、聞けば答えてくれるし、私の話も静かに耳を傾けてくれる。思っていたよりも落ち着いた気持ちで会話をすることができたと思う。彼の穏やかな声を聴いていると、浮ついていた気持ちがすっと地に降りてきて、こちらまで穏やかになれる気がする。
料理が運ばれてくるまで、会話は途切れることなく続いた。