8.理解の一歩

「无限大人、来てるって!」
仕事が一段落して部屋に戻った途端、雨桐がそう教えてくれた。私は急いで部屋を出る。无限大人が館に来るのは一か月ぶりだった。 このタイミングを逃したら、次いつ出会えるかわからない。確実に出会えるのは、館の出入口だ。そこで、出てくるまで待つしかない。大人が来てくれる日を、いまかいまかと待ちわびていた。もう会えないんじゃないかと絶望していた。だからいつまででも待てる。この気持ちを自覚してから、もう一度会いたいと願っていた。
「では、无限大人、お帰りをお待ちしています」
潘靖館長の声が聞こえて、どきりとする。二人が、入口の方からこちらへ歩いてくる。无限大人が、私に気付いた。館長は私はこれで、と館に戻っていく。大人一人が、私の方へ歩いてきた。
「无限大人!」
上擦った声を上げて、大人に駆け寄る。
「あの、どうしてもお礼がしたくて……!」
「待っていてくれたのか?」
「はい! あの……もしよければ、お休みの日に、ご飯を食べにいきませんか」
これは雨桐のアドバイスだ。大人は、食べることが好きだから、食事に誘うといいと教えてくれた。
「まだ、龍遊に来て慣れてないので、友達におすすめしてもらったお店なんですけど。すごく美味しいそうなので」
「それは楽しみだな」
笑顔でそう答えてくれて、私はぱっと表情を輝かせてしまう。やった! ちゃんと誘えた!
「では、行ける日が決まったら連絡しよう」
ごく自然な仕草で端末を取り出すので、私はあたふたする。よかった、慌てて飛び出て来たけれど、ポケットに端末を入れていた。
どきどきしながら連絡先を交換して、ではまた、と告げて大人は帰っていった。私はしばらくその場でぽーっとして、約束をしたことと、連絡先を交換したことに感激していた。これで、また会える。一緒に、食事ができる。嬉しい。その思いで胸がいっぱいになる。
大人から連絡が来るまで、ずっとそわそわしっぱなしだった。
何度も端末の画面を見ては、通知が来ていないことにがっかりして、とうとう通知が来たときには夢じゃないかと疑った。
『今度の日曜日、時間ができた。夕飯時でもいいか』
そんな短い文面だったけれど、それだけで私は舞い上がって空も飛べそうな心地になった。
すぐに返信しようとして、文面に悩む。これだとぶっきらぼうに見えないか、と思っても絵文字を使うのも浮かれすぎに見えるかもしれないし。なんとか文章を整えて、震える手で送信ボタンを押した。送ってしまった、と心臓が縮む。大丈夫だろうか。変なことを書いてなかっただろうか。不安になりながら、もう一度文面を確認する。そのうちに、返事が来た。
『では、その時間に』
待ち合わせ場所と、時間が決まった。端末を握り締めて、胸に押し付け、息をつめる。彼に会える。嬉しさと怖さが綯交ぜになって、なんだかもう自分の気持ちがよくわからなくなってくる。楽しみで楽しみで仕方がない。
ああ、好きだ。
私は、彼のことが好きなんだ。
浮ついていた心がすとんとそこに落ち着いた。先のことなんて考えられないけれど、とにかく今は、幸せでいっぱいなのは確かだ。
興奮を抑えられなくてベッドに倒れ込んだけれど、まるで眠れそうにない。ずっと心臓がどきどきしている。いままでだって恋をしたことはあるけれど、ここまで感情の振れ幅が大きいのは初めてかもしれない。
大きすぎる気持ちを持て余しながら、私はむりやり目を閉じた。