館の居住区の方へはまだあまり行ったことがなかったので、進んでその仕事を請け負った。何人かを訪ねて、回答をもらってくるのがその内容だ。館は大きい。迷ったときには近くにいる人に訊ねて、なんとか全員のところを回り終え、食堂で一息つくことにした。
こちらに来て飲むようになった中国茶は、種類が豊富で、どれも美味しい。今日は青茶を飲んでみようと、お勧めを聞いて淹れてもらった。お茶請けはドライフルーツだ。
「あ、小香だ!」
まずはお茶の香りを楽しんでいたところ、名前を呼ばれて振り返ると、元気な足音がぱたぱたと近づいてきた。
「小黒。こんにちは」
「こんにちは!」
小黒に挨拶をして、どきどきしながらその後ろへ目を向けると、やはり、そこには彼がいて、小黒の後をゆっくり歩きながらこちらへ向かってきた。
「无限大人も。お久しぶりです」
「すまないな、休んでいるところに」
「いいえ!」
会えて嬉しいです、と言いそうになって、唇をぎゅっと閉じる。小黒は私の隣の席に座った。一緒にお茶を飲んでくれるのかな?
「邪魔ではないか」
そんな小黒の態度を見て、彼は私に確認を取る。もちろん断る理由なんてない。
「そんなこと。どうぞどうぞ」
そう言いながら、緊張してきてしまう。彼と職場以外の場所で会えるなんて。席を確保して、彼は店主に注文をしにいった。待っている間、小黒がドライフルーツをちらちら見るので、どうぞと譲った。小黒は嬉しそうに遠慮なく手を伸ばしてきた。彼は小黒の近くに椅子を寄せて座った。
「今日は、館の中を回ってきたんです」
何か話したいと、どきどきしながら口を開く。彼は小黒からこちらに視線を向けた。あの瞳を意識するだけで、胸がきゅんと疼く。
「お二人は、館のどの辺りにお住まいなんですか?」
「いや、私たちは居住はしていない」
「え?」
意外な答えに目を丸くすると、小黒が教えてくれた。
「ぼくたち、旅してるんだよ。ホテルに泊まったり、野宿したり。楽しいよ!」
「そうなんですか?」
小黒はそう言うけれど、私には大変そうに思えた。ひとところに定住していないなんて。
「妖精たちの中には、私をよく思わないものがいるから」
不思議そうな顔をする私に、彼が説明を足してくれる。それを聞いて、思わず眉をひそめてしまった。
「そんな。信じられません」
彼は妖精のために誰よりも働いているのに。実際にその場を見てはいないけれど、職場を訪れる妖精たちの口ぶりや、処理する書類によってよくわかった。
「その人たちは、きっと无限大人のことをよく知らないんですね」
思わずそう言ってから、私だって知らないのに、と自省する。でも、彼が誰かに疎まれるなんて想像できない。
「私はまだこちらに来て日が浅いですけど、それでもたくさんの妖精たちが、あなたに助けられたって言うのを聞いてますから」
ついむきになってそう続けると、彼はふと声を漏らして笑った。
「そうだよ。師父はすごくいい人なんだ」
小黒が拳を握って私に賛同してくれるので、顔を見合わせて頷き合った。そんな私たちに、彼はますます楽しそうに笑う。ああ、こんな風に笑うんだ、と胸がきゅんとなった。
そこへ店主が注文の品を運んでくる。
お茶を飲み終わっても、しばらくは会話を楽しんだ。
帰るのが名残惜しい、と思っていると、彼が席を立った。
「では、そろそろ」
行くぞ、と声を掛けられ、小黒はぱっと椅子から飛び降りる。
「あ……」
また会えますか、と聞きたくなる。でも、そんなことはできない。思いが少しずつ膨らんでいくのがわかる。
もしかしたら私は、この人のことを。
「また」
ふと彼は微笑みを残し、去って行った。私はしばらく、その場から動けなかった。